何度も忠告したのに、良心からか、はたまた意地なのか、とにかく彼女は頑なに珠魅と関わった。彼女が珠魅とかかわれば不幸になるのは目に見えていたのに、しかし俺は全力で彼女を遠ざけようとはしなかった。
 いっそ宝石箱に閉じ込めてしまおうか、と思ったこともあった。けれどしなかったのは、心のどこかで彼女の救いを求めていたからかもしれない。心のどこかで、俺を救ってくれる最後の要とも思っていた。もちろん俺の想像でしかなかったが、結果本当に俺は彼女に救われた。
 彼女が俺のことを好いているのはなんとなくわかっていた。そして俺もそんな彼女にだんだんと惹かれていくのを感じていた。俺がふつうの珠魅だったら、彼女と素直に幸せになれたかもしれない。それは許されなかったのだが。
 すべてが終わり、しばらくが経ったあと、恨みごとをいわれたって構わないからどうしても彼女に会いたくなった。今思えば中途半端な気持ちで行ってしまったと思う。ただ、会いたい、その気持ちだけで会いに行ったのだから。
 それがどれほど彼女を傷つけるかも知らずに。
 彼女の家を訪ねた時、瑠璃が彼女の家から現れた。ああ、もう彼女の心は動いてしまったのか、と思ったがどうやらそうでもないらしい。それは彼の言っていることから汲みとれた。そして問われた、

「お前にを幸せにできるのか」
と。


 俺はその言葉を聞いた瞬間気持ちが揺らいだ。俺に彼女を幸せにすることはきっとできない。たくさんの珠魅を殺した。彼女と関わりのある珠魅も、目の前で殺した。幸運にも彼女は俺をまだ好いてくれているが、俺には彼女を幸せにできない。それに彼女を幸せにしてくれる人がいる。ならば俺は身を引こうと思った。俺のことは忘れて瑠璃と幸せになってほしかったからだ。 そのほうがずっと彼女の為だ。
 それから俺はずっと宝石店の中にいた。このまま一人朽ちて行こうと思っていた。ところが彼女が現れた。俺と生きたいと言ってくれた。

「俺も一緒に、生きたい……」

 思わずこぼれでた本音。俺と一緒に生きれば辛い人生になるというのに。けれどそれでも俺と生きたいと言ってくれた。
 俺は大きな、許せない罪を犯した人間なのに、それでも君は俺と生きてくれるのか?


「―――さん、俺、さんのことが好きです。一緒に生きてくれませんか?」

 ありがとう、ごめん、――――大好きだ。



in the night 



「アレクさん」

 の声に、ソファに座って読書をしていたアレクサンドルは階段のほうをちらりと見る。先刻、寝ると言って二階へ行った寝巻姿のがそこにはいた。あれからアレクサンドルはの家に身を寄せていて、一緒に暮らしていた。

「まだ起きていたの?」
「はい、アレクさんは寝ないんですか?」
「……そろそろ寝るよ」

 と口では言うが、実際アレクサンドルはちっとも眠くなく、当分寝れそうになかった。けれど寝ないと言えば彼女もきっと付き添って寝ないだろうから、嘘をつく。

「……それ、さっきもいってましたよ」

 が隣に座ったのでそれに伴いアレクサンドルも本にしおりをはさんでテーブルに置いた。彼女の表情は実にいぶかしげで、アレクサンドルは思わず苦笑した。

「ごめん。本当にもう寝るよ」
「本当ですか?」
「うん」

 安心させるように微笑みかけるが、は安心するどころか少し悲しそうな顔になった。

「――不安、ですよね」
「……うん、まあ、不安じゃないと言ったらウソになるね」

 明日はアレクサンドルはとともにが煌めきの都市で、珠魅に自分の行いのすべてを謝罪する予定だった。どんな言葉が投げかけられるか、もちろんそれなりの覚悟はしているが、やはり気は重いし逃げ出したい気持ちもある。かつて自分を殺した相手をすぐに許すなんて虫のいい話はないだろう。

「大丈夫ですよ、わたしがついてます」

 アレクサンドルの手をとって、勇気づけるようにはうなづいた。そんなに、アレクサンドルは単純に癒された。

「ありがとうございます」
「あっ、いまアレックスさんになりましたね」
「アレックスのほうがいいですか?」
「どんなあなたも、わたしは好きですよ。……なーんて! あはは、なにいって……っ!?」

 突然抱きしめられて言葉を失う。やさしい抱擁にの胸が一気に高鳴った。


「ぅ、は、……い」
「ありがとう」

 するりとから離れて、じっと見つめる。彼の視線に、は思考回路がショート寸前だった。

(ここここの雰囲気、キ、キス、キスするのかな!?)
(どどどどどどどうしようこころの準備っ! どうしよ!!)

「……ふっ」

 先ほどまでの真剣な表情が崩れて、アレクサンドルは柔らかい表情になった。

「な、なんですか?」
「いーえ、なんでも」
「何がおかしいんですか? え? あれ?」
「なにもおかしくないですよ」

 といいつつアレクサンドルはの両頬にそっと手を添える。

「な、なんですか、この手は、え、あれ、」
「さあ、なんでしょう?」
「え、う、へ? ちょっと、あの!」

 徐々に近づくアレクサンドルの顔にの平常心がぶっ飛んでしまった。緊張のせいか変な汗が出てくる。

「しっ」

 対するアレクサンドルは余裕で、妖艶な表情で口角を上げた。そんな表情にの心がざわつく。

「目を閉じて?」

 言われた通り目を閉じる。すると、くちびるに柔らかい感触。予想の範疇とはいえおどろいたは一瞬目を見開くが、アレクサンドルの瞳は閉ざされていて、も再び閉じた。

(き、きすしてる……わたし、アレクさんとキスを……呼吸できない、く、くるしい、けど、しあわせ。このまましんでも、いい。)

 ほどなくしてくちびるが離されて、は目を開く。と同時に思い切り息をついた。

「息を止めてたの?」
「あ、んと、ん……はい……あの、アレクさん?」
「うん?」
「いま、わたしにしたことはいわゆる、キス、というやつですか?」
「ええ。だめですか?」
「いっ、いえ!」

(しあわせ……)

 アレクサンドルはの身体をそっと抱きしめる。びくっと一瞬震えるが、大人しく収まったままで抵抗はしなかった。しかし身体は力が入ったままなのが可愛かった。

「少しこのままでいさせて……」

 眠れぬ想いと、愛しい人を胸に、夜は更けていった。