(とはいっても……)

 探すあてなどないのが本当のところだ。アレックスとゆかりのある場所で、が思いつく場所などあの宝石店しかない。アレックスがどこに住んでいたのか、当時どんな人と交流があったのかなんて知らなかった。けれど一つでもあてがあるならばそこにいってみよう、と思い、懐かしの場所、魔法都市ジオへ向かった。


 懐かしい風景に心が躍る前に、懐かしいにおいがして、感嘆のため息をついた。ここではアレックスとのたくさんの思い出が眠っている。ジオはにとって特別な場所だった。目抜き通りを歩いていけば、見つかる“ウェンデルの秘宝”。相変わらず廃屋のようになっていて、アレックスの存在は“ウェンデルの秘宝”ごと葬られたようだった。
 きっとティーポに聞いたって、ボイド警部に聞いたって、何のことだ、誰のことだ、と言うだろう。自分だって忘れていた。

(……あのときに戻りたいなあ)

 アレックスがいて、彼からの言葉で一喜一憂して、一緒にいれるだけで幸せで。
 “ウェンデル”の秘宝の扉に手をかけて、力を込めて扉をあける。相変わらず中も乱れていて、思わず肩を落とした。思い出も一緒に乱されたみたいでなんだかいやだ。

「ようし、片付けよう」

 うん、と頷いて“ウェンデルの秘宝”をせめて元通りにしようと思って腕をまくる。奥のスタッフルームに向かうと、大きな宝石箱が開きっぱなしになっていた。大きな宝石箱―――かつて蛍姫をかくまっていた時の干渉を受けない異次元空間、パンドラ。そっと覗きこむ。すると

「え!?」

 はあっという間にその宝石箱に吸い込まれていった。次の瞬間には宝石箱の中に入り込んでいて、しかも先客がいるらしかった。先客はかつて蛍姫が寝そべっていたベッドに座りこんでいて、その姿を認めると、途端に心臓が早鐘を打つ。

「あ……あ……」

 心臓が早鐘を打ち始める。うまく声がでてこない。

「!」

 先客がこちらに気づく。彼は、彼こそが、の探し求めていた人。

「アレックスさん……!」
さ、ん……」

 いた、見つけた、想い人。大好きな人。アレクサンドルは立ち上がり、は彼のもとへ歩み寄る。はアレクサンドルとの距離を半分くらい縮めて足を止めた。それ以上近付いてはいけないような気がした。

「ずっと、探してたんです……ずっと、会いたかった……!」

 会いたくて会いたくて仕方なくて、“アレックス”なんて人は存在しないと知ったのに、それでも好きで。

「アレックスさんのこと……大好きなんです!」

 あの時言い切れなかった自分の気持ち。今度はしっかり彼へ伝えられた。けれど彼は俯いて、しばし沈黙した。

「しかし……俺はアレックスではないんだよ?」

 彼の言うとおりだった。自分はアレックスに惚れていたわけで、目の前にいるアレクサンドルに惚れたわけではない。アレックスとアレクサンドルは同一人物でありながら全くの別人であって、アレックスに惚れていたのに、アレクサンドルのこと知って、彼の孤独や思いを知り、支えてあげたいと心の底から思っていた。どうして一緒にいられないんだろう、何もできないのだろう、と何度思ったことか。
 目の前の彼が、アレックスだろうと、アレクサンドルだろうと、もうどちらでもいい。とにかく、目の前の彼のことを愛してしまったのだ。

「アレクサンドルさん、なんですよね。わかってるんです、アレックスさんではないって。でもわたしも上手く説明できないんですが好きなんです、好きなのは変わらないんです。今、わたしの目の前にいる、あなたが好きです」

 目の前にいる彼は、自分が好きになったアレックスではなく、アレクサンドルという男の人。けれど、そんなのどうだっていい。この人のことが、やっぱり好きだった。

「……俺もさんが、好きです。けどね」
「はい……」
「俺では、あなたを幸せにできない」
「そんなこと!」
「俺の手はすでに汚れてしまってる。あなたに触れるには汚れ過ぎてしまった。それにさんの近くにはさんを幸せにしてくれる人がいるでしょう」
「ちょっとまってください」

 アレクサンドルの一方的な決めつけも含んだ言いように、むっときて、口火を切った。

「わたしの幸せを、勝手に決めつけないでください。わたしの幸せは、わたしが決めます……!」

 あなたのいない未来など、あなたのいない世界など。
 そもそも、幸せにしてほしいなんて思っていない。一緒にいるだけで、幸せなんだから。

「アレクサンドルさん……わたしは、あなたと一緒に生きたい、それがわたしの幸せなんです」
「………」

 長い沈黙が訪れた。アレクサンドルは黙ってうつむいたままで、もそれ以上紡ぐ言葉が見つからなかった。言いたい言葉はいっぱいあったはずだが、いざ本人を目の前にすると何にも出てこない。

「……アレクサンドルさんの、本当の気持ちを教えてください」
「おれ、も……」

 本当に小さな声で、ぽつりと零した。

「俺も一緒に、生きたい……」

 顔を上げたアレクサンドルの表情は、いまだに迷いに揺れていた。

「生きたい……けど、俺と一緒に生きれば、俺の罪……」
「それでいいです」
「しかし……」
「もとよりその覚悟です。わたし、一緒に生きて、アレクサンドルさんを支えたいです……!」

 はアレクサンドルのもとへ歩み寄り、その左手をの両手で包み込んだ。この手を介して、想いがすべて伝わればいいのに。

「アレクサンドルさんのいない未来なら、わたし、いらない」

 決意を籠めて真っすぐに見つめれば、アレクサンドルは右手をの後ろにまわして、ぐっと抱き寄せて、二人の距離がゼロになった。急なことにの胸がどきどきと高鳴る。アレクサンドルの核がの肌に触れ、確かに珠魅なんだと改めて感じた。

「本当にそれでいいんですか……?」
「あたりまえじゃないですか」

 瑠璃に軽蔑されたって、真珠に悲しまれたって、それでもやっぱり、アレクサンドルと生きたいと願ってしまう。どうして惹かれてしまうんだろう。何に惹かれてしまうんだろう。ルーベンスの、エメロードの、ディアナの、真珠の命を奪ったアレクサンドルなのに、やっぱりどうしようもなく彼が好きだ。


「―――さん、俺、さんのことが好きです。一緒に生きてくれませんか?」

 すぐ近くで聞こえてくるアレクサンドルの声は、この世のどんなものよりも美しく聞こえた。