あれから、あの一件からしばらく経った。は今までと変わらない日々を送っていた。天気のいい日にはドミナにお出かけ、雨の日には家で読書。変わったといえば、ちょくちょく瑠璃や真珠が遊びに来ること。それから、カレンダーから宝石のマークが消えてしまったこと。
 あの日から何度も何度も頭の中で繰り返されるあの日のこと。

 「さんが好きでした」と言って微笑んだ愛しい彼。徐々に身体にかかっていた命の重さが消えていく感覚。最後に伝えきれなかった自分の想い。
 日々がやってきては過ぎ、やってきては過ぎ、同じような日々を繰り返しているようだった。

 アレックスの存在はにとってあまりに大きすぎた。
 珠魅に幸せになってほしかった。けれどそれ以上にアレックスに、アレクサンドルに幸せになってほしかった。蛍姫でも、瑠璃でも、真珠でも、誰でもいい、彼を幸せにしてほしかった。欲を言えば自分が幸せにできれば一番いいのだが。
 けれどもそれはどうやら無理なようだった。の涙を経て彼もまた蘇ったはずなのに、あれ以来一度も姿を見せない。蛍姫からも連絡がこない。つまり、彼が自分へ伝えたいことはもう、ないのだ。

(なんで好きだなんて……最後に言ったの?)

 好きなら迎えに来てください。好きなら、返事を聞きにきてください。だってわたしまだ、ちゃんと最後まで返事をしてません。わたしも好きですよ、大好きです。




こぼれおちる砂粒




 珠魅たちは煌きの都市の再興に向けて、日夜忙しく、けれど生き生きと日々を過ごしていた。建物の修繕、生活していくための基盤づくり、散り散りとなった仲間捜し、やることは山積みだが、それぞれが出来ることを、一生懸命やっている。
 姫と騎士と言う制度は残っているが、かつて珠魅の核を狙った不死皇帝は奈落へと落ちたため、珠魅の核を狙って戦争を始めるようなものも今のところはいない。外敵の存在が全くないとも言えないが、目立った脅威も見当たらないため、以前のようにぴたりと一緒に行動という必要もなくなってきている。
 瑠璃はずっと探してきた、憧れていた、珠魅の仲間たちが一気に増えて、戸惑うこともあるが、それでも少し前だったら考えられなかった今のこの状況にとても感謝していた。こうあることが自然だろうと思っていたかつての自分、しかし同族だけで閉鎖的に一緒にいることで思いやりの心を忘れ、涙を忘れてしまった歴史。この短期間で沢山のことを知った。他種族なんて、珠魅を宝飾品として思っていない最低な存在だと思っていたが、知り合った人たちは全くそんなことはなかった。勿論、そういう目で見る人も中にはいるだろう。けれどそれは、全員ではない。そんなことを、彼女は教えてくれた。


「あ、瑠璃くん! いらっしゃい」

 最近、瑠璃はよくの家を訪ねるようになった。なぜと聞かれたら、その行為の裏側には確かに個人的な好意が潜んでいた。

「よお。なにしてたんだ?」
「ん、なんもだよ」

 彼女の瞳は赤く充血していて、、うっすらと涙の跡があった。また ヤツ を想って泣いていたのだろう。がヤツのことを忘れられずに泣いているのは頻繁にあることだった。もちろん彼女はそのことについて一言も言わないが、瑠璃が訪ねるたびに彼女の瞳は赤いし、目も腫れているように見える。石にならないのは珠魅のためではなく一人の男を想ってだからだろう。それにしてもまさか、の言う店長、とアレクサンドルが同一人物であるとは、驚きを隠せなかった。
 がある日ぽつりと、店長が、アレクサンドルだったんだ、びっくりだよね、と悲しそうにいっていた。アレクサンドルとの最後の戦いのさい、アレクサンドルに向かって「アレックスさん」と呼んでいたのを覚えているがまさかそのアレックスさんが店長だったとは。
 瑠璃はヤツが恨めしくて仕方がなかった。珠魅を壊滅の一歩手前まで押しやり、挙句をこんなにも苦しめて、許せなかった。自分ならば、をこんなに悲しませたり苦しませたりしないのに。

「邪魔していいか?」

 自分ならば、を必ず幸せにすることができるのに。

「うん、どうぞ」

 が俺のことを好きならばいいのに。おくへ誘われてリビングの椅子に腰かけると、が飲み物を出すためにキッチンに立った。瑠璃は何気なく窓から外を見ると、誰かがこの家へ歩いてくるのが見えた。

(――――ッ!)

 栗色の髪、チャイナ服、団子にしている髪、冷酷そうな無表情。誰か、の正体は、アレクサンドル、だった。心臓が不気味に早鐘を打つ。瑠璃はが外へ視線をやらないように、とっさに外の様子がみえない角度での隣へ向かった。

、忘れ物をしてきたから少し待っていてくれないか?」
「忘れ物? うん、いいけど」
「紅茶が冷める前には戻ってくるから、待っててくれ」

 ちら、ともう一度外を見やると、彼の姿はすでに消えていた。急いで玄関に向かい、扉をあけると、虚を突かれたような表情をしたアレクサンドルがそこにはいた。

「何の用だ」

 扉を閉じ、敵意をあらわにした表情で瑠璃はアレクサンドルを見据える。

「――久しぶりだな、ラピスラズリ」
「答えろ、何の用だ。用がないのなら即刻立ち去れ」
「用なら、ある。しかし君にではなく、さんにある」
「――頼むから……これ以上を苦しめないでくれ。はお前のせいで傷ついている」

 なんで、

「毎日泣いているんだ」

 なんでお前までそんな顔するんだ。泣きだしそうな、苦しそうな、悲しそうな、

「お前にを幸せにできるのか?」

 できないのなら今すぐ帰るんだ。は、俺が幸せにするから。

「……わからない」

 悩ましげに目を伏せて、黙り込んだ。なぜわからないんだ。中途半端な気持ちでに会ったら、今以上にが傷つく。アンタを待っているんだから。自分を好きだといった、最愛の、アンタを……。

「俺は……」