抱きしめたの身体が柔らかさと引き換えに固くなっていった。は石になってしまった。瑠璃の心がとても重くなる。悲しさが広がっていくようだった。けれどなぜだろうか、それとは反比例するように身体が軽くなってきた。痛みとかが一切消えてしまったようだった。ゆっくりとから離れると、彼女はやはり石になっていた。とても悲しい表情で目を瞑り、涙を流している。をこんな表情にさせたくなかったのに。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
けれどそのまわりでは奇跡が起こっていた。
「瑠璃くん……!」
しんでしまったはずの真珠が、エメロードが、ディアナが、ルーベンスがそこにはいた。
「奇跡です……」
先ほどまでの瀕死状態からは考えられない程しゃんとしている蛍姫が、石になってしまったを見つめて言った。
「種族を超えた思いが、涙石を生んだのです」
が涙石を生んだ。かつて瑠璃は、から「涙石を出せたらいいのに」と言われたことがあった。まさか本当に、の珠魅を想う気持ちが涙石を生むなんて。
しんでいった千の珠魅たちが蘇ったが、は石になってしまった。たしかに奇跡が起こった。けれど、その代償にはとても悲しそうな顔で涙を流している姿で石になってしまった。なんて大きな代償だろう。
ばかだなあ、。お前は珠魅でも何でもないのに。俺は巻き込みすぎてしまった。悲しい思いをさせてしまうのは目に見えていたのに、それでいて巻き込み続けてしまった。彼女の傍にいたら、自分が救われていたから。傍にいてほしいと望んでいたから。こんな俺を、珠魅を、救ってくれるんじゃないかって思ったから。結果として、珠魅は救われた。お前の涙石で、もう一度いのちを取り戻したんだ。でも、は石になった。こんなことになるならば、もっと強く拒めばよかったよ。
けれどきっと、は今の状況を見たら、誇らしげな顔で言うんだろう。「みんなが生き返ったなら、本当によかったよ」ってな。お前はそういうやつだ。
「みんな、少しでいいんだ」
遠くにいる珠魅にも声が届くように、瑠璃は声を張り上げる。
「涙を、命を分けてくれないか……?」
の強い想いが種族を超えて珠魅を救った。それなら、珠魅の強い思いはを救えないだろうか。瑠璃の声に、のことを知らない珠魅ですら、賛同するように頷きあっている。
「今なら、涙が出そうな気がする……」
エメロードがそういって、瞳を閉じた。瑠璃も瞳を閉じる。やがて皆が目を閉じ、静かに涙を流した。まばゆい光があたりを包んだ。
物語の結末
たまたまジオに寄って、目抜き通りを何を求めるわけでもなくふらふらと歩いていたら、びっくりするくらい自分の好みの男の人が買い物袋を抱えて横を通っていった。わたしは一瞬で目を持っていかれた。
その男の人はすぐそばのお店に入っていった。“ウェンデルの秘宝”って書いてある。はあ、なんてかっこいい男の人なんだろう、え、え、どうしよう、ただの通りすがりで終わりたくないっ! 気付いた時には男の人のあとを追って、“ウェンデルの秘宝”へ吸い込まれるように入っていた。
『いらっしゃいませ』
買い物袋を置きながら、カウンターの奥で男の人はわたしを迎え入れた。
『あのっ、わたしを雇ってくれませんか……?』
勢いのまま言ってしまって、そのあとにこのお店がなんのお店か気付く。え、え、どうしよう、宝石店?! どどど、どうしよう、宝石店って柄じゃないよねわたし。案の定男の人もきょとんとしてる。そりゃそうだ。だって急にやってきた見知らぬ女が、雇ってくれなんて言っている。
最悪だ……どうしよう。冗談です! って誤魔化せばいいのかな? 何て言えばこの男の人と円満な人間関係を築ける!?
『あの、その、えっと……』
『構いませんよ』
『はい、冗談……え? いいんですか?』
『ええ』
うそ、やだ、このお店で働ける。この人と関われる。どうしよう叫びたい。男の人は優し気に目を細めて頷いた。かっこよすぎる。
『失礼ですがお名前は?』
『はっ、えと、ですっ!!!』
『さん。私はアレックスです。よろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします!』
勢いよく頭を下げて勢いよく頭を上げるとアレックスさんはニコニコと微笑んでいる。ひゃああ〜アレックスさんっていうんだ……言われてみればそんな顔してる。素敵な名前……はあ、どうしよう、心持ってかれちゃった。好き、好きだ。わたしこの人のこと好きになっちゃった。
「!」
「はいです!」
と叫んだ瞬間、はっと我に返る。目の前にはいつになく真剣な顔をした瑠璃がいた。どうやらさっきまでのは夢で、夢から醒めたようだった。
「……!」
再び名を呼ばれたと思ったら、今度は瑠璃にきつく抱きしめられる。何が何だかわからない。夢を見る前、何が起こったんだっけ、と思い返す。するとみるみるうちに記憶が蘇ってきた。
「あれ……わたし……?」
あまりに悲しくて、あまりに辛くて、涙を零してしまったのだ。それで、どんどんと身体が硬くなっていき、そして石となったのだ。
「の涙で珠魅が蘇ったんだ。その代わりが石になってしまって……珠魅たち全員の涙でが蘇ったんだ」
瑠璃は、よかった、本当によかった、と何度も何度も繰り返しては、存在を確かめるように抱きしめる腕に力をこめる。自分が石になっていったのは覚えているが、自分の涙で珠魅が蘇ったなんて、驚きだった。言われて瑠璃の肩越しに見やれば、先ほどと打って変わっていた。ただただ静かで綺麗な宝石だけの世界から、たくさんの珠魅であふれている世界へとなっているではないか。
の想いは種族を超えたのだ。
「本当に、ありがとう」
そういって、瑠璃はから離れて微笑んだ。
「ちゃん……!」
瑠璃のすぐ後ろには本当に嬉しそうな真珠がいて、は真珠に瑠璃ごと抱き締められる。
「君は珠魅の恩人だ」
少し先にはルーベンスがいて、微笑んでいる。
「ありがとうちゃん」
エメロードだ。夢にまで見た景色が続いている。
「なんと申し上げればよいのか……本当にありがとう、」
ルーベンスの隣にはディアナがいて、頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
最後に、蛍姫だ。
ほかにも見知らぬ珠魅が口々ににお礼を述べる。みんな生き返ったのか、とじわじわと胸に喜びが込み上げてくる。珠魅たちは蘇ったことを喜び合っている。そんな珠魅たちを見ながらも、の頭の中は彼のことでいっぱいだった。の想い人、アレクサンドルのこと。彼も宝石王に飲み込まれたのだから、生き返ったはずだ。けれど彼の姿はどこにも見えない。
しかし、それは当然ともいえる。ここにいるすべての珠魅はアレクサンドルによって命を奪われたのだからこの場にいれるはずがないのだ。だがはどうしてもアレクサンドルに会いたかった。
は蛍姫のもとに歩み寄る。
「蛍姫様」
「はい」
「アレクサンドルさんは……」
「残念ながら彼の姿は見えません。彼に、伝えたいことがあるのですよね?」
「はい……」
「彼を見つけたら、すぐにさんに報せます。お約束します」
そういって蛍姫は力強くうなづいた。彼女の姿がとても頼もしかった。
「お願いします」
は深々と頭を下げた。
「頭をお上げください。珠魅の恩人であるさん。いまから宣言をいたしますので、聞いてくださいますね?」
は頭を上げるとそれを確認した蛍姫がすう、と大きく息を吸い込んだ。
「ここにいるすべての珠魅たち、聞いてください。これより、煌めきの都市の復活を宣言します」
おおおおっ! と歓声で湧き上がる。そんな様子を、は微笑みながら眺めていた。よかった、珠魅たちを救えた。いいや、救うなんて大げさなことはしていない。復興の手助けをできた。
「長らく無くしてしまっていた思いやりの心をさんのおかげで再び取り戻すことができました。もう一度ここに集まり、もう一度私たちの都市を築きあげましょう。もう一度、助け合いましょう」
蛍姫の言葉を聞きながらも、それでもここにはいない想い人に想いを馳せた。