レイリスの塔の運命の部屋で見たかつての煌めきの都市。あのときは煌めきの都市の内観を見たが、今回は外観を見ている。王杓の目指すほうへ向かうとそこには、荒廃してなお美しい煌めきの都市が眠るように聳えていた。
「ここが……煌めきの都市」
隣で瑠璃がつぶやく。
「ここに、サンドラ、いやアレクサンドルがいるんだな」
「おそらく……」
きっとこれが最後の勝負。あの日あの時、ドミナへいったことから。あの日あの時、瑠璃と出会ったことからと珠魅の物語が始まった。いや、むしろそれよりも前、が“ウェンデルの秘宝”に働き始めた時から物語は始まっていたのだろう。
進んだ道の末路
「待っていたよ」
煌めきの都市の内部に足を踏み入れようとしたその時、後ろから声が聞こえて振り返ると、アレクサンドルが蛍姫を横抱きして、その隣には宝石王と呼ばれていた異形のものがいた。蛍姫は苦しそうに目を閉じている。
「アレクサンドル……!」
瑠璃の顔色が一気に変わる。
「この姿で会うのは初めてだね、瑠璃。それに……やはり記憶を取り戻してしまったようだね」
彼の声はやはりアレックスのそれと全く同じで、鼻の奥がつん、と熱くなって涙が出そうになる。もう誤魔化せない、本当はわかっていた一つの事実。ようやく事実を受け入れることができそうだ。
――― アレクサンドルは、アレックスだ。 ―――
「俺の隣にいるこのお方……宝石王といってね、飲み込んだものをすべて融合することができるんだ」
そういうと、蛍姫を丁重に、宝石のちりばめられている地面へと寝かせた。
「これまでに飲み込んできた核は998個。千の生贄まであと二つ。そしてここに、ひとつ核がある」
すっ、と取り出した核にぞっとした。その核には見覚えがあった。まるで彼女そのものを象徴するかのような淡い白―――ホワイトパール。
「貴様……っ!!」
堪え切れずに剣を振りかざし斬りかかってきた瑠璃を、一蹴りでいともたやすく吹き飛ばした。
「瑠璃くん!!!」
「怒り狂って隙だらけだ、ラピスラズリよ」
「く………そ!」
しかもその蹴りは急所を突いたらしく、瑠璃は立ち上がれずにいた。核が飲み込まれてしまい融合されてしまえばもう元に戻ることは不可能だが、核が残っていれば涙さえあれば復活することだってできる。は駆けだした。
「アレクサンドル!!」
「!! やめろ!!!」
宝石王とアレクサンドルの間に割って入り、アレクサンドルを睨みあげる。
「その核を返してください……アレクサンドル」
一瞬アレックス、と言いそうになるも、の中でどうしても譲れない一線がそこにはあった。二人は同一人物だともう認めたはずなのに、けれどどうしてもアレックスと呼ぶことに抵抗があった。彼は、アレクサンドル。これが本来の姿なのだ。を冷たい目で見下ろしている。
「引き返すチャンスは何度だってあったはず。実際に俺は与えた。けれどなぜ」
アレクサンドルの顔が歪んだ。いまにも涙が出そうな辛そうな表情だった。
「なぜ引き返さなかったんだ」
「あなたを止めたかったからです。止まらなかったけれど……。ねえアレクサンドルさん、もう戻れないんですか? 本当は、仲間を手にかけるなんてしたくなかったって知ってます、みんな、アレクサンドルさんの想いを伝えれば、きっと理解してくれます……!」
珠魅の罪だと彼は言うが、最初からそんなことを思っていた訳ではないことを知っている。けれど他に方法がないから、こうするしかなかったのだ。誰にも相談できず、すべて一人で判断するしかなくて、本当に苦しかったはずだ。
「そのみんなは、もう俺が手にかけてしまった。それにゴールはもう目前だ。もう、進むしかないだろう」
「もう誰が傷つく姿も見たくないんです。アレクサンドルさん、あなたも。蛍姫様からも、止めてくださいと言われたんです……! だから、だから」
「これ以外方法がないんだ。今やめたところで、死んだ珠魅たちはもう戻らない」
「そうですけど……でも、でも、こんなのって……!」
具体的な策を示せない自分が悔しい。涙石があれば、自分が涙石を作り出せればいいのに。けれどどうにかして止めたいのだ。
アレクサンドルは、ふっと微笑み、ホワイトパールの核をポケットに仕舞い込むと、アレクサンドルに強く抱きしめられた。ずっと夢に見ていた彼からの抱擁が、こんなに悲しい気持ちになるなんて誰が想像しただろうか。彼から伝わってくる悲しみがに伝播したみたいだった。
「ありがとう、頑張ってくれて」
アレクサンドルから底抜けに優しい声で言われて、の中の時が止まった。その時間はどれくらいだっただろうが、には永遠のように感じられた。けれど、当然永遠ではなかった。やがてアレクサンドルはから離れた。肩に手を添えられ、じっと見つめられて、息が苦しくなる。
するとゆっくりとアレクサンドルの顔が近付いてきて、唇が触れあった。すぐに唇は離されて、いつも宝石店で見ていたあの、穏やかで悲しそうな笑顔になった。
「さんが好きでした」
放心状態になったの横をアレクサンドルは通り過ぎ、無言で宝石王に真珠の核を献上した。宝石王はそれを飲み込む。
「あともう少し……力が足りない」
「それなら、ここに」
いやな予感がして弾かれたように振り返る。そこには、宝石王と、自らの核を引き抜いて宝石王へ捧げているアレクサンドルがいた。すぐにアレクサンドルは自らの力では立っていることが出来ず、膝をつき、そして倒れた。
「アレックスさん!!!!!!」