朝日の差込みでは薄っすらと目を開ける。朝が来た。眠たい眼をこすりつつ上体を起こして、大きく伸びをした。瑠璃と真珠はまだ寝息を立てている。起こさないようにとベッドから降りて階段へ向かおうとすると、瑠璃と真珠が次々に目を覚ました。
「おはよう二人とも。朝ごはん作ってくるね」
「手伝うぜ」
瑠璃の申し出に、は首を横に振る。
「いいよ、簡単なもの作るだけだから身支度とか整えてて」
下に降りると、カレンダーが目に入った。今日の日付には宝石のマークが書かれていて、そのマークは不規則にカレンダーに書き込まれていた。
(このマークなんだ……)
寝起きで回転が遅い頭ではさっぱり見当もつかない。カレンダーの前で立ち止まっているのもとに、真珠がやってきた。
「どうしたのちゃん」
「ん、なんかカレンダーに変なマークがあるの……これなんなんだろう」
は首を傾げると、同じくやってきた瑠璃が言う。
「おいおい、自分で書き込んどいてそれはないんじゃないか?」
「まったくです。うーん……なんなんだろ。ま、とりあえず朝ごはん作ってくるね」
キッチンで簡単な朝ご飯を作りながらも、やはりあのカレンダーのことが気にかかった。
(うーん、何のマークなんだろう。しかも同じマークがマーキングしてあるってことは同じ予定だってことだよね。わたしに恋人はいないし、こんな頻繁に遊ぶ友達もいない。学校も行ってないし)
「、こげくさ……おい! フライパンで焼いてるものはなんだ!?」
「え? きゃあああ!!! 目玉焼きが!!!!!」
フライパンの上には真っ黒こげになった元々は目玉焼きであったであろう何かが焦げ臭いにおいを発している。料理中考え事なんてするもんじゃない、とつくづく感じた。
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「で、結局あのマークはなんだったんだ」
つくりなおした目玉焼きをナイフで切りつつ、瑠璃が尋ねた。
「……わからない。でも目覚ましをかけてたってことはたぶん、なにか予定があったってことだよね」
「仕事とかは、どうだ」
「わたし、仕事はやってないよ」
自分で言ってなんだか違和感が生じた。仕事をやっていない? 本当にわたしは仕事をやっていなかった?
「でも昨日ちゃん、わたしの勤務先にいってみようっていってたわ……?」
「そういえば言っていたな。核の傷を治す方法を聞こうといっていた」
「てことは、宝石屋さんかなにかかな……」
カレンダーに記されたマークも宝石マークだった。いい線をいっているだろう。と考えて、一瞬、脳裏に誰かの笑顔がよぎった。とても穏やかで、でも少し悲しそうな笑顔。そして、心臓がぎゅっと縮こまるような笑顔。けれどその顔は、もやがかかって思い出せない。
「……? ?」
「あっ、んーん、なんでもない。宝石っていったら、ジオかガドだけど……どっちかな」
「ジオじゃ、ないか。俺とお前で一度ガドの宝石店にいったが、あのときは輝きが感じられないと言っていた」
そういえばそんなこともあった。あのときは確か、おつかいを頼まれて宝石店にいったのだった。おつかい? 誰から? 肝心なところの記憶がの中にもやがかかっていて、なんだかむかむかする。まるでの記憶に、ぽっかりと穴が開いてしまったようだった。
「じゃあ最初にジオの宝石店にいって、違うようだったらガドにいこう」
瑠璃の提案にと真珠はうなづいた。
違和感世界
目の前に広がる光景に見覚えがあって、周りの風景ととても馴染んでいるのだが、
は奇妙な違和感を感じていた。この店にゆかりなんてないのに、この光景は間違っている、と。なんだか違う気がするんだ、と。思うのだ
魔法都市ジオの宝石店“ウェンデルの秘宝”は廃屋だった。この光景が間違っていると咄嗟に思った自分の考えが理解できなかった。大してゆかりのない宝石店に対して、自分が何を知っているというのだろうか。
「どうやらジオの宝石屋はつぶれてたらしいな」
「……みたいだね」
あいた扉からのぞく“ウェンデルの秘宝”の中はひどく荒れていて、しかも最近廃屋になったような感じではなくもうずっと前から廃屋になったような様子だった。けれどの中の違和感は止まらなかった。
「でも、なんかこの光景……間違ってる気がするんだ」
「奇遇だな、俺もだ」
「私も……なんでだろう、私、このお店にきたことないのに」
「おお、チミたち久しぶりじゃないか」
声が聞こえたのでそちらを見ると、ずんぐりとした体形のネズミ、ボイド警部であった。なんだか久々に見た気がする。最後に見たのはエメロードの騎士を務めた時。
苦く、せつなく、決して忘れてはいけない経験。だからだろうか、ボイドを見ると胸が痛いくらい締め付けられる。
「変わりないかね?」
「ええ、変わらずですよ」
ボイドはそうか、と安心したように微笑んだ。
「そこの店はな、昔、珠魅の核を売りさばいていた宝石店なんじゃ。中を調べたいのじゃが、どうにも錆びついた扉がびくともしないんでな、入れずにいるんじゃ」
言われては“ウェンデルの秘宝”をみるが、扉が閉まっている様子はなかった。むしろ扉は開いていて、中の様子が丸見えだというのにボイドは何を言っているのだろうか。
「……ボイドさん、扉は開いていますよ」
「あっはっは、チミ、ひとをからかっちゃいかんよ」
ボイドはまるで信じていない。冗談で言っているようではなさそうだ。自分に見えている景色と、ボイドに見えている景色に相違があるのだろうか。
「え? だって……じゃあ、見ててくださいよ」
論より証拠。は“ウェンデルの秘宝”へ向かって歩き出した。近づくにつれてなんだか奇妙な感情がこみあげてくる。懐かしさ、悲しさ、嬉しさ、辛さ、それを全部混ぜ込んだような、不思議な感情。
『さん』
やさしい声が聞こえてきた。誰の声なのだろう。
“ウェンデルの秘宝”に足を踏み入れた。その瞬間。
『さん』
欠けていたモノがきれいにそのまま戻ってきたようなそんな感覚。なぜ、忘れていたのだろう。大好きで仕方のないあの人の顔を、姿を、存在を。その彼と出会ったこの宝石店を。