昼時を少し過ぎたぐらいにドミナから家へ戻り、昼食の準備に取り掛かった。瑠璃も真珠も手伝うといってきかなかったので昼食ごちそう大作戦はひそかに終わり、みんなで仲良くキッチンで昼食づくりをすることになった。瑠璃は不器用そうに見えて意外と器用で、対する真珠は包丁で指をかすったりととにかく危なっかしかった。
 どうにかこうにか昼食は完成し、三人は喜んだ。初めての共同作業の達成感はなんともいえない爽やかさだった。

「できたね……!」
「うんっ! 私、なんだか今なら空だって飛べる気がするの」
「飛べるかもね!」
「そうかな? じゃあちょっと試して―――」
「真珠! あくまで気がするだけだ!」

 とてとてと二階へあがっていこうとした真珠を瑠璃が止める。そんな様子を、真珠のことを助長した張本人は面白そうに見ていた。
 昼食を食べ終え、三人で食器も片付け、安らかな午後のひと時がやってきた。たちは紅茶を飲み、お菓子を食べながらリビングでトランプや談話に精を出していたのだが、はあることが気がかりだった。
 瑠璃と真珠がいつまでここにいてくれるのか、ということ。家がないならずっとこの家にいてくれていいのに、彼らの遠慮深さがそれをよしとしない。迷惑がかかると言ってきっと遅くとも明日には出て行ってしまうだろう。迷惑だなんて思ったこと、ないのに。
 これまでいつもなにかの巡りあわせでたびたび街中で出会ってきたが今後ともそのように出会えるかわからないし、家もないので連絡先もわからないため会いたい時に会えない。けれどもとしてはこれからもたくさん遊びたいし、一緒にいたい。もう二人はにとってただの通りすがりの珠魅ではなくなってしまったのだ。大切な、かけがえのない友人だ。そしてその友人たちがいつ、アレクサンドラによって命を奪われてしまうかもわからない状況。今まではまるで見せつけるかのように周りの珠魅を殺していったが、いずれ彼らも千の生贄の中に入ってしまうかもしれない。
 いやな予感がする。逃れられない恐怖が背後から迫っていて、その気配を自分だけが察しているような、そんな感じ。
 瑠璃や真珠が遠くへ行ってしまいそうで、怖かった。いまつなぎ止めておかなかったらどこかへ行ってしまい、そのまま帰ってこないんじゃないだろうか。


「ねえ二人とも……」
「ん?」
「どうしたのちゃん?」

 瑠璃と真珠がババ抜きで勝つか負けるかの瀬戸際の戦いを繰り広げているときに、がぼんやりと二人を呼んだ。

「これからも、ずっと友達だよね……?」
「? どうしたんだ突然、当り前だろう」
「そうよ。大事なお友達よ」
「でも二人とも出てってしまうでしょ?」
「そりゃあ、迷惑掛けられないからな」

 瑠璃の言葉にがひどく感傷的な顔になる。

「またドミナで出会えるかわからないよ」


 どんどんと暗い、誰の声も届かない海の底へと沈み行くをつなぎとめるように、瑠璃は強く、名前を呼んだ。

「大丈夫だ。俺たちは消えたりしない。ドミナで会わなかったら俺たちがの家を尋ねればいい」
「でも、アレクサンドルがもしかしたら……」
「俺たちは負けないさ。俺は、真珠の騎士だ」

 瑠璃のまなざしにはっと我に返った。何を疑っていたのだろう。友達を信じられなくてどうする。瑠璃は強いから、負けるわけがない。

「ごめん、わたし、なんか急に不安になっちゃって……」

 不安なんて気のせいだ、と言い聞かせる。けれど、そのいやな予感は、の頭の深いところに根付いて、頭から離れる気配が一向になかった。
 それをぬぐい去ろうと無理に明るい声を出して話題を変える。

「ねえ、明日、わたしの勤務先に行ってみない? 瑠璃くんの核の傷を治す方法……わかるかもしれないし」
「傷なら気にするな。たまに痛む程度におさまったから」
「嘘だ」
「本当だ。痛みは徐々に慣れるからな」
「でも……きてほしいの。お願い、小さくても可能性があるのなら、それに賭けてみたいの」
「そうよ瑠璃くん。いってみましょう……?」

 このままでは引き下がれない。涙石なしでも傷が回復する方法は探せばあるかもしれない。それを探さないうちから諦めなくない。それに二人がいたほうがアレックスと会いやすい。

「―――わかったよ」

 どうやら観念したようだ。

+++





 太陽が沈み、月が世界を支配する夜。
 ぼんやりと意識が夢の中から引き戻されていく。わたしの頭に手を添えて、ゆっくりと滑らせた。強くやるわけじゃなくて、触れるか触れないかぐらいのやさしい手つきだった。その手は額でとまった。もっと、撫でてほしいと思った。誰かな、瑠璃くん? それとも真珠ちゃん? どうしたのかな、寝れないのかな。確かに三人、眠りに就いたはずなんだけど。
 目をうっすらとひらくと、月明かりに照らされていてシルエットしかわからないけれど、瑠璃くんでも真珠ちゃんでもないみたいだった。

「……れ?」

 寝起きでうまく声が出せなかった。だれ、と聞きたかったんだけど。けどこのシルエット、このにおい、覚えがある気がする。頭がうまくまわらない。

「君は、消えないだろうから」

 この声、そうだ、なんでわからなかったんだろう、この人は

「アレックスさん……?」

 触れようと手を伸ばそうとするんだけど、身体が動かない。わたしの額に手を添えているその手に触りたいのに。なんでアレックスさんがここにいるんですか、消えないって何ですか、アレックスさん、

「さよなら」
「待って、いかないで……アレックスさん………」

 わたしの声はむなしく、アレックスさんは視界からフェードアウトしていった。さよなら、ってなんですか、どこかへいってしまうんですか、いかないで、いかないで―――
 一筋、涙が伝ったと思ったら、意識が飛んだ。