ドミナの町を歩いていくと、目の前からタマネギ型の被り物を被った小さな男が歩いてきているのが見える。男はに気づくと、手を挙げた。
「お、じゃないか。久しぶりだな」
「ドュエル。お久しぶり。相変わらずタマネギみたいだね」
「否定はしないが、タマネギ剣士だからそこらへんよろしく頼むぞ。……後ろの方は、この前の珠魅じゃないか。迷子のプリンセスは見つかったのか。よかったな」
最後にドュエルと会ったときは瑠璃と出会ったときだった。そう考えると随分長い間ドュエルと会っていないような気がする。瑠璃が「あのときは助かった、ありがとう」と礼を述べると、真珠も倣って「ご迷惑をかけました」と言った。
「いやいいんだ。それより、仲いいんだな。あれから仲良くなったのか」
「そうだよ。もう旧知の仲って感じでしょ」
が自慢げに言うと、ドュエルは「ああ」と微笑む。
「ほんとだな。それで、今日はどうしたんだ?」
「アマンダ&パロット亭に朝ごはんを食べにきたの」
「おお、呼び止めちまってわるいな。じゃあな」
そういってドュエルはドミナバザールのほうへと向かっていった。三人はアマンダ&パロット亭に入り二階のテーブル席に座ると各々食べたいものを頼んだ。料理が運ばれてくるまで今日の予定について話し合うことにした。
「今日は……どうする?」
エメロードの死、ディアナの死、レイリスの塔でのレディパールとの出会い、と続いたので、何の予定のない今日であるがなんとなく自由な行動をとるような気分でなかったし、何かやるべきことはあるのではないか、という気がした。
「夢の話をしてやったらどうだ」
瑠璃がからかうように言うのではむっと眉を寄せて「そうさせていただく」といい、昨夜のことを真珠に説明をはじめた。寝ていて、起きたら見知らぬ部屋にいて、蛍姫と名乗る珠魅の悪夢を取り除くよう言われ砂漠を歩き続けたこと。そこがどこだかわからないということ。
「蛍姫……アレクサンドルがさらっていった、お姫さま」
「彼女は“ここなら宝石泥棒がこないし、安全なはずなのに”っていっていたんだ」
「ディアナは、蛍姫は死んだと言っていたが、実は生きてて、宝石泥棒の正体を知らないってことか」
「恐らくね。まあ、知るわけないよね」
蛍姫が知ればきっと止めるだろう。傷ついた珠魅を癒すと言うだろう。そうなればアレクサンドルの作戦は何も遂げられずに終わってしまう。
「で、今日はどうするか」
と瑠璃が言ったので、どうやらも一緒に行動していいようだった。
「占いにいこうよ」
「占い?」
「わあ楽しそう。私いきたいな」
やはり真珠も女の子だけあって、興味があるようだった。隣で訝しげな表情をする瑠璃と対照的に真珠は瞳を輝かせている。
「メイメイっていう占い師がいて、これがなかなか当たるんだよ」
ずっと昔、“ウェンデルの秘宝”で働きはじめ、アレックスに恋をしたとき。メイメイに一発で恋をしているね、と当てられたのがきっかけで、はメイメイの占いにものすごい信頼をおいている。(尤も、メイメイは占いで当てたのではなくて、雰囲気で当てたのだがはそのことを知らない。彼女が恋をしたと言うことはドュエルも、町外れに建っている教会の管理人ヌヴェルも、道具屋夫妻のマーク、ジェニファーも、近所の草人にさえ雰囲気でばれている)
「行きましょうよ瑠璃くん」
「……仕方ないな」
真珠にはめっぽう弱い瑠璃だけに、乗り気でないにしてもやはり折れた。―――張り詰めた日々を送っている今、彼らに必要なのはこういったささやかな日。今日ぐらい何事もなく、穏やかに終わればいい。
ある、うららかな日
「お久しぶりメイメイ」
メイメイはまるで葡萄のような頭をしている女性で、大きなフルーツバスケットの中に入っていて、フルーツに囲われている。
「あら。久しいわね。彼とは順調?」
「え、えへへ……」
「……フラれたのね」
「ちがーう! もう」
フラれたわけじゃない。それどころか暫く会ってない。それどころか、
「今日はそのことじゃなくて、占いにきたの」
アレックスの存在すら危うい。信じている。信じているけれどでも。
「あらそうなの。後ろのお嬢さんにお兄さんはお客さん?」
「そう。わたしのお友達」
「真珠です……ちゃんにはいつもお世話になっています」
「いえいえこちらこそ、が世話になってるわね」
「あっはっは」
お辞儀をし合うメイメイと真珠の間でが朗らかに笑う。
メイメイは「それじゃあ早速……」とフルーツを手に持つ。ここからが面白いのだ。二人の反応が楽しみである。
「ビタミンカロチンカリウムファイバー……ポリフェノォーーーール!」
メイメイが突然人が変わったようにフルーツを振り回しながら占う姿はいつ見ても奇怪だが、は慣れているので驚きはしない。真珠と瑠璃は初見なのでかなり驚愕をしたらしく、真珠は悲鳴を上げて瑠璃に抱きつき、瑠璃は真珠を護るように抱きしめた。
「出たわ……。ええと真珠」
「はい……?」
メイメイの表情が随分と暗くなった。何か悪いことでもでたのだろうか。とても言いにくそうな顔なので聞くのもためらってしまう。瑠璃と真珠は身体を離してメイメイの占いの結果に耳を傾ける。
「………綺麗な女の人には注意よ」
「きれいな女の人?」
想定していたこととだいぶ違うことを言うので、なんだか拍子抜けをした。それは真珠も同じで、ぽかんとしている。
「そうやってでてるんだもの」
「瑠璃くんが……じゃなくて?」
たまらずが聞くと、すかさず瑠璃が「おい」とを睨んだ。
「ええ。真珠がよ。とにかく気をつけなさい。いいわね?」
「は、はい……」
あまりピンときていないようだが、とりあえず真珠は頷いた。次に瑠璃がやってもらったところ、ネズミが探してる。と言われ
は何か忘れる。と言われた。いまいち要領を得ない占い結果にもやもやしつつ、買出しをすることを思い出しドミナバザールにて買出しを開始した。勿論瑠璃は荷物持ちだ。
「ちゃん、これ美味しそうよ」
「ほんとだ。ねえ、これなんかもよさそうだね」
「迷っちゃうね」
「ねー」
楽しそうに品物を選んでいる二人の後姿を見て、瑠璃は嬉しくなった。いまこのときは、間違いなく今まで過ごしたことのない穏やかで美しいときだった。真珠の横顔は幸せそのもので、瑠璃も幸せになる。それもこれも、のおかげだと深く感じた。彼女が二人きりの世界から広い世界へ誘ってくれた。
「はい、瑠璃くん」
「お、おお。随分買ったな」
紙袋いっぱいの食料品を受け取った。一人暮らしのくせによく食うな、と思ったのだがある可能性がひらめいた。実はだけでなく、店長とやらもたまにくるのでは、と。だから食料品はたくさん買うのではないか。
「どうしたの瑠璃くん?」
「なんだか怖いわ……」
「、一人でこんなに食べるのか?」
「そんなわけないよ。今日瑠璃くんたちにご馳走するのと、二人がこれからいつきてもいいように、ね」
ほうらやっぱりそうだ。と瑠璃は思ったが、もう一度の言葉を脳内で反芻する。瑠璃くんたちにご馳走するのと、二人がこれからいつきてもいいように……?
「誰が?」
「だから、瑠璃くんに真珠ちゃんだよ」
拍子抜けをした。店長ではなくて、自分たち? 途端に真珠が表情を明るくした。
「ほんとっ!? また、おじゃましてもいいの?」
「あたりまえじゃない! いつでもきてって」
「うれしいわ……。ちゃん大好き!」
「わたしも真珠ちゃんが大好きだよ〜」
呆然とする瑠璃をおいて、少女二人は嬉しそうに会話を続ける。
「そろそろ帰ろうよ瑠璃くん」
「……あ、ああ」
「ぼーっとしてると、おいてっちゃうよ〜?」
はくすくすと笑って歩き出した。瑠璃は紙袋を持ち直し、二人の後ろで人知れず笑みを浮かべて続いた。