自然と目が覚める。どうやら朝みたいだ。今度こそきちんとした起床。それにしても夢の悪い虫退治をしたり、夢の中で喋ったりとなにかと忙しい眠りだった気がする。おかげさまで全然寝た気がしないのだが、身体の方はきちんと休息をとれたみたいで、気だるさがない。
 起き上がって辺りを見渡してみると、まだ真珠や瑠璃は寝ていた。隣で寝ている真珠の寝顔のあどけなさが愛らしくて朝からなんだかいい気持ちだ。

(珠魅を救う……か)

 レディパールにも夢の中で叫んだ。そして今までも幾度となく願ってきた。しかし救うとは具体的には一体、どういうことなのだろう。いままでサンドラを止めること、としか考えていなかったが、事態はそれほど単純じゃない。
 蛍姫のことだってある。死んでいった珠魅たちのこともある。

(止めたところで、エメロードも、ルーベンスさんも、ディアナさんも、帰ってこないもの)

 恐らく、癒しの涙を取り戻す、ということなのだろう。根本的解決はそれしかないのだが、自分がどうこうしたところで涙を取り戻せるとは思えない。それに“救いたいという気持ち、赦したいと思う気持ち”それを自分が持ったところで珠魅にはなんら影響がないように思える。

 ――これまで気持ちだけでは何もできないことは今まで悔しいほど味わってきた。
 だとしたら自分にできること、それは―――アレクサンドルの凶行を止め、涙を取り戻すための手伝いということだろうか。
 しかし結局、アレクサンドルを止められそうもないし、涙を取り戻すための手伝いに具体的に何をすればいいかもわからないやっぱり、考えるだけで終わってしまう。気持ちだけで、何も実行に移せない。
 そこまで思考し、はっと現実に戻る。いつまでも自分の不甲斐なさを嘆いている場合じゃない。二人が起きる前に朝食を作っておこう、と思いそろりそろりとしのび足で寝室を出て、キッチンへと向かう。向かっている途中に思い出したのだが、ここ最近多忙で買い出しにいっていないためストックしている食材が殆どなかった。ぴたり、足が止まる。

(ど、どうしよう……)

 自分ひとりならまだしも、今日は客人が二人もいる。ここは朝食は諦めて、買い物に行って昼食に賭けるべきか。いやいや、昼食のときまでいるかわからないし、第一これから何をするのかさっぱりわからない。アレックスのところに核の傷について聞きにいこうと思っていたが、アレクサンドルのこともあってなんとなく会いたくない。仕事は明日からだから、明日からはアレックスのいる“ウェンデルの秘宝”に勤務なのでそのときに聞くということにして、今日はフリーだ。だが瑠璃たちと行動を共にするかどうかはわからない。

、おはよう」
「ぎゃ!! ……なんだ瑠璃くんか。おはよ」

 突然声をかけられて情けない悲鳴を上げてしまった。振り向けば瑠璃がいて、ほっとした。

「なんだとはなんだ。それより、昨日はありがとう。俺たちを泊めてくれて」
「そんな、当たり前だよ。いつでも泊まってよ。一人暮らしって寂しいんだって。それより、核の傷はどう?」
「ああ。平気だ。心配かけてすまない」

 なんとなく疑わしい。するとそれが表情に出てしまったのか、瑠璃が眉をひそめて「疑ってるな?」と尋ねてくる。 は躊躇いなく頷くと、瑠璃は苦笑いをした。

「ひどいな。信じてくれたっていいだろ」
「瑠璃くんは強がりだから。瑠璃くんの“大丈夫”、“平気”は信じないようにしてます」
「な、なに……」

 瑠璃が複雑な顔で押し黙った。その瑠璃の顔を見て思い出す。昨夜の砂漠での出来事。瑠璃の言葉で少し気になることがあったのだが聞いていいものだろうか。瑠璃は瑠璃でも蛍姫の夢の中の瑠璃のいっていたこと。……蛍姫?

「る、瑠璃くん!」
「んっ、な、なんだ?」

 突然切羽詰った声で名を呼ぶに、瑠璃は多少引き気味に反応する。

「わ、わた、わたし! 蛍姫に会ったの!!」
「はぁ!? どういうことだ?」
「ね、寝てるときにどこかつれてかれて、そこに蛍姫がいたの!」
「……ははぁ、なるほど」

 合点がいった、とでもいいそうな顔で瑠璃はニヤリと微笑を浮かべた。

「お前それは、夢だよ」
「なっ!! ゆ、夢じゃないよ!! 本当に見た!」
「そうか。そうか」
「そ、そっちこそ信じてくれたっていいじゃない!」

 先ほど自分のことを信じろと言っていた人に疑われているなんて妙な話だ。しかし瑠璃は完全にのことを信じていない。夢の中の出来事だと思っている。

「だが、にわかには信じられない話しだろう。で、蛍姫はどこにいたんだ」
「えっと、窓や扉が一つもない空間。魔法陣があったけど、もしかしたらそこから出入りできるのかも」
「魔法陣ねぇ……。てことは、ジオか」
「なぜ?」
「だってあそこ、魔法都市ジオだろ」
「やだ、だからってジオってことはないでしょ。安直過ぎるよ」
「……確かにな」

 この瑠璃の安直な予想は、実は間違っていないのだが、そんなこと知るわけもなく、瑠璃の案は却下された。

「ちょっとわたし、朝ごはん作る、あ! そうだ、あのね、最近お買い物全然いってないから食材が全然なくて……。だから、ドミナに食べに行かない?」
「ドミナか、いいぜ。真珠にも夢の話聞かせてやってくれよ」
「夢じゃないよ! もう。……そういえば、真珠ちゃん起きるの遅いね」
「安心しきってるんだろう。そろそろ起こしてやるか」

 真珠を起こしに行くと、彼女は幸せそうな顔で寝ていた。瑠璃が揺り起こすと、「だってちゃんが食べていいって……」と、妙な寝言を呟いた。瑠璃とは顔を合わせて笑いあう。と、そのとき、昨日見た夢を再び思いだす。

『自信を持ちなさい。あなたの気持ちが、珠魅を救うのです』

 といっていた、自分の前世。(本当に前世かどうかはわからないが)
 瑠璃や真珠に、この夢のことも話そうかと一瞬考えたが、やめた。この話は次にレディパールに会ったときに話してみようと思った。かつての騎士だといっていたから、確かめてからでも遅くないだろう。

「真珠、朝だぞ。起きろ」

 瑠璃が再び揺すると、閉ざされていた目蓋がゆっくりと開いて、ぼんやりとした双眸が瑠璃をとらえた。

「……るり、くん。あ……さ?」
「朝だ。ドミナに飯を食べに行こう」
「うん」

 真珠は上体を起こして大きく伸びをした。



存在理由の証



 顔を洗い、身だしなみを整えてドミナへと繰り出した。なんだかドミナへ行くのは久しぶりだ。ここのところサンドラとの問題が立て続けに起こっていて、こんな穏やかな日は久々だった。

「ドミナでと出会ったことで」

 瑠璃が何の脈絡もなく突然話を切り出す。

「珠魅の運命は明らかに変わった。俺たちは、と出会うために今まで旅を続けていたのかもしれないな」
「それ、私も思ってたわ」
「……そんな、わたし大層なことしてないよ」

 ただ、見ているだけ。まるで物語を読む読者。苦楽を共にしているように思えるが、実は、共にしているような錯覚に陥っているだけ。救いたいと言う気持ちはあるのだが、結局何もできていない。

ちゃんのバカっ」

 突如浴びせられた罵声に、目を丸くする。まさか真珠からバカと言われると思わなかった。瑠璃も驚いていて、今まで見た中で一番びっくりした顔をしている。

「へ?」
ちゃんはなんもわかってない」

 真珠は少し怒ったように眉を寄せた。

「私がちゃんのお陰でどれほど救われたか……私だけじゃないわ。瑠璃くんも。そうでしょ?」
「ああ。、それなのになぜそんなことをいうんだ」
「でも、わたし、いつも見てるだけで……何も、してない」

 だっていつも見てるだけ、考えるだけだもの。結局何もしてない。

ちゃんは覚えてない? 私が、瑠璃くんに捨てられちゃうんじゃないかって不安だったとき、ちゃんが瑠璃くんに今まで言えなかったこと、いってくれたわ。それだけじゃない。おうちに泊めてくれて、家族みたいに思ったの。とっても、とっても救われたわ……。他にもいっぱいあるわ。ちゃんのおかげで、とっても救われたの」
「真珠ちゃん……」

 は思わず足を止めた。瑠璃と真珠も足を止めて、にこりと微笑んだ。

(わたしは、役に立っているの?)

 なんと嬉しいことだろう。少しでも、二人の役に立てていたなんて。

「だから、いつも見ているだけなんてバカなことをいうな。確かには俺たちにはなくてはならない存在なんだ」
「………ありがとう」

 まだ愚かにも夢を見ていていいのかな、珠魅を救いたいと。

『珠魅を救えるのはあなたです』

 信じても、いいんですか?