何も頭に浮かぶことなくぼんやりと砂漠を歩き続ける。何も変わらない風景をずっと見ていると心が“無”に帰すような心持がする。アレックスのことも、アレクサンドラのことも、瑠璃のことも、真珠のことも、何もかもがの心からいつのまにやら消えていた。
 暫く歩いた後、前触れもなくさらさらと風が吹いて砂が人型を成していく。この現実と夢が入り混じった世界で、今度は何もを見せられるのだろうか。
 ――サンドラとレディパールが現れた。それまでなんにも浮かぶことも沈むこともなかった胸がドキッ、と痛くなる。サンドラ―――つまりアレクサンドル。

「レディパール、私と貴方の目的は同じの筈。何をしにきたの?」
「奈落への水先案内。お前が、これ以上珠魅達を傷つけぬよう闇に閉ざす」

 珠魅の敵の駆逐、ということだろう。たとえそれが蛍姫を預けた騎士だとしても、珠魅にあだ名すものとあらば構わないのだろう。対するサンドラは余裕綽々なようで、ふふっ、と微かに笑った。

「たかが千人の珠魅の命で蛍姫は元気になるのよ。蛍姫が何人の珠魅を救えるか、よくご存知でしょう?」

 レディパールはサンドラに僅かに歩み寄った。レディパールは顔を歪めて言う。

「愚かな……全ては繰り返すだけだ! 彼女の力を食い尽くした後は、珠魅の命を狩って、力を回復させる……。そんなことをいつまで続けるつもりだ!!」
「私たち珠魅に、生への執着がある限り、永遠によ」

 サンドラの言葉を聞くと、レディパールの身体から力という力がすべて抜けてしまったように地面に倒れこんだ。

「ふざけ……る……な……」

 地を這うような声に憎しみを織り交ぜて、サンドラを睨み上げる。サンドラはレディパールを見下ろし、表情をすっと消した。

「終わりね……レディパール。砂漠ではあなたの黒い心臓も長くは持たないみたいね」
「くっ……」

 苦しそうに呻くと、半透明の真珠が現れ、跪いてレディパールに語りかける。

ちゃんが助けに来てくれるから……もう少しがんばって……』
……」

 真珠の言葉に、レディパールがの名を呟いた。自分が二人を助けに来る、とはどういったことなのだろうか。自分は、少しでも必要としてくれているのだろうか。

「助けなど……いるものか……」

 悔しそうに砂を握りしめたレディパール。
(ああ、そうだよね。助けなんて、いらないよね。けど、わたし……)

「レディパールさん!」

 レディパールのもとへ駆け寄る。レディパールはを仰ぎ見て、微かに口を動かしたが、何も聞き取れなかった。真珠もを見て、『ちゃん!』と目を丸くした。

「わたしが、助けますから! わたしにできることなんてほんとに僅かですけれど、けど、きっと救ってみせますから!」

 座りこんでレディパールに必死になって言う。するとレディパールは、レイリスの塔で見たはじめての笑顔に似た笑顔を浮かべてさらさらと、砂に帰した。すぐそばにいた真珠も続けざまに砂になった。
 ざっ、ざっ、と砂地独特の踏み音を立てながらの背後にサンドラが立った。

「愚かね。珠魅とかかわれば不幸になるといったでしょう?」
「……不幸にしているのは、あなたでしょう?」

 震える声で、けれど力強く言った。

「珠魅とかかわったからじゃなくて、あなたがわたしを不幸にしている。もう、やめませんか?」
「ここで、やめるわけにはいかないの」
「やめられます」

 立ち上がり振り返る。サンドラは無表情であった。

「違う道を探せばいいんです。珠魅も、蛍姫さんも、―――サンドラ、あなたも救える道」
「そんな道があるとでも?」
「あります! 探さないうちから諦めちゃいけません…!」
「探したさ!!」

 はびくっと恐怖に身体を揺らした。口調が荒々しかった。サンドラとしての自分を見失っているようであった。けれどそんなは気にも留めずサンドラはに怒鳴り続ける。

「けれどなかった!」

 泣き出しそうな、いまにも崩れてしまいそうな、そんな様子。

「ならばもう……蛍姫様だけを救うしかないだろう?」

 まるで自分は正しいとに認めてほしいと願っているかのような言い方だった。縋るような、赦してほしそうな、悲しい響きに胸が痛む。

『認めてほしいとは思わない。許してほしいとは思わない。でも、ごめん』
 あるときの言葉が蘇る。

『宝石王さま…しかし私はできれば仲間は手にかけたくない……』

 またあるときの言葉が蘇る。

 あのときは自分になかったが、いまの自分にはかけてあげられる言葉がある。

「サンドラは、間違ってない。けれど、正解でもないと思います」
「……?」
「珠魅とは、友愛の種族のはず。サンドラの心にも思いやる気持ち、あったはずです。いまはどこかへ隠しちゃったみたいですけど……。それを取り戻さなければ、珠魅は滅びるだけです」
「思いやりの気持ちなんて……簡単に取り戻せるものではないだろう?」

 言われて、言葉に詰まる。言われたとおりだった。言葉では簡単に言えるが、実際なくしてしまったものを取り戻すことは簡単ではない。二度と取り返せないものだって、ある。

「けど……」

 言葉が出ないを見かねて、サンドラが肩をすくめた。

「もう、いい」
「……え?」
「君が頑張る必要はないんだ。珠魅の問題なんだから。君は君の生活に戻るんだ」
「でもわたし、」
「君は珠魅の、私の希望だった」

 そういってサンドラはうっすら口角を上げて、砂に還った。取り残されたの胸に深い悲しみが宿った。蛍姫の夢の中とはわかっている、けれど見限られたようで悲しかった。

 珠魅の、私の希望“だった”。とサンドラは言った。もう、違うということ。

(わたしにできることは、ないの? わたしは、やっぱり必要ないの?)

 砂漠で一人、立ち尽くした。