アレクサンドル=アレックスという確かな証拠はないが、アレクサンドル≠アレックスという確かな証拠もない。しかし、他人の空似にしては似すぎているのは確かだった。何らかのつながりがあるのは、確かだと思う。

 ――もしも、アレクサンドルがアレックスだとしたら、わたしは誰が好きなのだろう――
 アレックスはアレクサンドルだから、彼は存在しないことになってしまう。そしたらどうすればいいのだろう。心のそこからアレックスがすき。けれど、アレックスは実在しないひと。この恋心はどこへいけばいい。
 存在しないひとへ想いを告げることはできない。けれどなかったことになんてできない。もうずっと昔から募っていったアレックスへの想いをなくすなんて、できるわけがないのだ。
 アレクサンドルのしたことは許せない。けれど、救いたい、支えたい、助けたい、好きともまた違う、特別な感情。
 ―――もはやアレックスが何者であろうと、関係のないような気がする。“あのひと”のすべてに恋をしたのだろうか。


 珠魅のことを考えていたら、そんなことを考えてしまい、その考えを打ち消すように頭を振った。今は珠魅が危ないのに、自分のことを考えてしまった自分が嫌だった。

 月明かりに照らされてベッドですやすやと眠っている瑠璃の表情を見てため息をついた。真珠はベッドの隣に敷いた布団で寝ている。は、ベッドのそばの椅子に座って瑠璃と真珠の寝顔を眺めていた。

 あのあとなんとかレイリスの塔から出ての家へ帰り、瑠璃を寝かせ、真珠を寝かせた。
(帰路は随分と短かった。もしかしたら家からレイリスの塔までの距離は不定なのかもしれない)
 しかしは寝付けず、これからの行動を決めかねていた。

 ひとまず、アレックスのところへ向かい核の傷について何か聞かせてもらおうかと考えた。だが、先刻見たアレクサンドルのことが浮かんできて、胸が苦しくなった。それから思考はアレクサンドルとアレックスとのことへ向かってしまったのだった。

(わたし……明日アレックスさんと会って普通に接することができるかな)

 自信は全くない。どう頑張っても二人を重ね合わせてしまうだろうし、いらぬことを聞いてしまいそうだった。
――あなたは、誰ですか?
 その問いを聞いたとき、アレックスはどんな顔をするのだろう。困惑するだろうか? それとも、いつものように微笑んでくれるだろうか。そして求めている答えを聞かせてくれるだろうか。

「……?」

 呼ばれて、はっと瑠璃を見ると、先ほどまで目を瞑っていた瑠璃はいつの間にやらうっすらと目を開いていた。

「瑠璃くん、起こしちゃった……?」
「いや、今ふと目が覚めたんだ。……あまり、しっかり寝れたことないんだ」
「…そっか。今日は、安心して寝てね」
「ん……ありがとう」

 そういって目を閉じたきり瑠璃は何もしゃべらなかったので、また眠りに落ちたのかもしれない。は小さく「おやすみ」と呟いた。
 ずっと、二人だけの旅。珠魅の核は常に捕獲の対象として狙われている。いわば敵だらけの世界。安心して寝れるときなんて一日だってなかっただろう。今日ぐらいは、ぐっすり寝てほしい。

 二人ともどんな夢を見ているのだろう。幸せな夢であればいい。

 アレクサンドルは、今頃寝ているのだろうか。素敵な夢を見ているのだろうか。

 ――アレックスはいま何を思っているのだろう。

 考えても考えても、二人の人物に行き着いてしまう。

 もしも、アレックスがアレクサンドルだったとしたら、わたしは今までのことをすべて許してしまうのだろうか。蛍姫のためにと、アレックスと言う仮の姿で世間に存在しながら、珠魅殺しを続けてきた彼を。
 彼の手でルーベンス、エメロード、ディアナは死んだ。

 それでも、それでもわたしは彼のことを許してしまうの?



 布団に横になり、ふう、と息をついた。目を瞑ると無限の闇がを支配した。闇はやがての意識を支配し、やがて眠りについた。



眠れぬに想うこと