「貴様……!」

 瑠璃が剣に手をかけてサンドラに向かって駆けだした。サンドラは逃げようともせず妖艶な笑みを浮かべて、カードをしなやかに投げつけた。そのカードは瑠璃の核をかすめ、瑠璃は立ち止まり小さくうめき声をもらして核をおさえた。

「瑠璃くん!」

 真珠が駆け寄ると、サンドラはすっとディアナの像の隣へと躍り出た。

「たいした女だよ。蛍姫様の涙さえあれば珠魅は不死身。だが、蛍姫様はどうなる?」

 動けぬ石と化したディアナへ、サンドラからの冷ややかな言葉。

「あなたは、ひとり傷ついていく蛍の復讐をしているのですね」

 ディアナが言い、サンドラは無表情に腕を組んで言う。

「そう。それが目的。千……千の生贄があれば彼女を救えるんだ。それぐらい、今まで蛍姫様が受けた傷に比べれば、たやすいものだろうに」
「でも、でもひどい! たくさんの人を殺して……きっと蛍姫さんは悲しむ!」

 は胸の前で両手をぎゅっと握って必死に訴えるが、サンドラは冷ややかな視線を向けられてどきっとする。頭の中に温和なアレックスの笑顔がかすめて、なんだか泣きそうになる。彼が千の生贄を捧げて何をしようとしているのか、何もわからない。でも、何にしろ蛍姫は悲しむに決まってる。

「これは珠魅の問題だ。部外者は、口を出さないでほしい」

 またでた。珠魅、珠魅、珠魅……なんでもかんでも珠魅は珠魅、と区切られてしまう。

「珠魅じゃないから、口を出してはいけないの? いつもそう。珠魅じゃないからって、関わるなって。ふざけないでよ、偏屈にもほどがあるよ。わたしだって真剣に珠魅のこと考えてるよ。どれだけ真剣に珠魅のことを思って、考えても、種族が違うひとは口を出してはいけないの? 種族が違っても助け合うのが本来の姿じゃないの? それが思い遣りじゃないの。ねえ、あなたは本当にそれでいいの?」
、やめろ」

 後ろから瑠璃の制止の声が聞こえてくるが、の勢いは止まらない。祈るように握っていた両手は、いつしか握りこぶしに変わっていた。そんなを、変わらず冷ややかな目でサンドラは見る。

「何が言いたい?」
「復讐は悲しみしか生み出さないよ。本当に蛍姫さんは喜ぶの?」

 じっと見つめあう。千人殺して、蛍姫を救って、ヒーロー気取りなんてばかばかしいったらありゃしない。蛍姫が真実を知ったらどう思うかなんて、彼はきっとわからないのだ。
 彼はただ、純粋に彼女を救いたいだけ。彼女さえ救われればそれでいいと思っている。だから救われる側の気持ちはきっと考えていない。わかって、お願い。そしてやめて、考えて。違う方法を。蛍姫が本当にしてほしいことに耳を貸してほしい。できるだけ多くのひとが悲しまないで済む方法を考えてほしい。

「なら、あなたは蛍姫様は死んでもいいとお考えか?」
「そういうわけじゃないよ。でも、他に方法は、ないのかな? 一緒に考えようよ。嫌だよ、誰かが死ぬのはもう嫌だよ……」
「これしかないんだ。彼女を救うにはこれしか……俺は彼女を救うためならなんでもするさ。それにこれは今まで蛍姫様を散々利用してきた珠魅への報復」

 痛ましげな表情で目を伏せた。どこか邪魔できない二人の会話に、とサンドラ以外は今や沈黙を守りじっと二人を見つめる。

「認めてほしいとは思わない。許してほしいとは思わない。でも、ごめん」

 突然の謝罪にびっくりする。まさか謝られると思わなかった。しかも、自分に。何も言えずに立ち尽くしていると、サンドラはディアナに目をやった。

「貴様のような穢れた石でも、蛍姫様のためになるのだ。ありがたく思うことだな」

 さっと目にも止まらぬ速さでディアナの後ろにまわりこみ、そして惜しげもなく胸元のダイアモンドを抜き取った。その様子をも、瑠璃も、真珠も、何も言えずにみていた。

「ディアナさん!」

 何が起こったか理解できた真珠は、悲痛な声で叫ぶが、時すでに遅し。ディアナは光屑となって跡形もなく消え、そしてサンドラもいつの間にやら用意していたロープで上にあがり、優雅に倉庫から消えていった。

「いったい……どうすればいいんだろう……」

 誰に向けるでもなく、は零した。何をすれば、どうすれば、サンドラをとめられる? 何をしても、どうしても、止められないんではないのではないか?
 わたしは、誰も助けることができない。誰も救えない。何もできない。

「考えよう。俺たちのこと、珠魅のこと、宝石泥棒のこと……」

 胸の核をきゅっと押さえて、瑠璃が言った。

 ――わたしは、一体なにができるんだろう?――

 蛍姫を、サンドラを、珠魅を、救うことができるんだろうか。考えようなんて言ったが、果たして本当にそんな方法あるのだろうか。


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