「ちゃん?」
急に声が聞こえてきて、重いまぶたをこじ開けてみれば、これでもか、というほどドアップの不思議そうな顔をした真珠がいた。一気に目が覚めて、ついで昨日の出来事が脳裏に蘇った。エメロードのこと、サンドラのこと、ディアナのこと、昨日はいろいろなことがあった気がする。
朝から鉛が胸にずん、とのしかかった。
「おはよう、真珠ちゃん」
それでも、はうっすら微笑んで朝の挨拶をした。すると、真珠が花のような笑顔になった。
「おはようちゃん!」
そしてやっと顔が離れた。それを機には上体を起こすと、大きく伸びた。ちらり横を見れば、こちらに背を向けているが規則正しく肩を上下させているところを見るに、瑠璃はまだ眠っているらしかった真珠はベッドに腰かけて、。
「昨日は、いつの間にか眠ってて……でも起きたらちゃんと瑠璃くんがいて、なんだか嬉しくなっちゃった」
と、本当に嬉しそうに言うのだから、こちらまで嬉しくなってしまう。彼女の純真で、無垢な様子はいつでも心を癒してくれる。先ほどの鉛がまるで感じられなかった。
宝石たちの罪明かし
がつくった朝ごはんを食べている途中、真珠が「そういえば」と何か思い出したように切り出した。
「昨日、仲間は見つかったの?」
この問いに、と瑠璃は思わず顔をあわせてどうしようかとアイコンタクトで緊急会議を開く。真珠には伝えようとは思っている。とても悲しい結末だが、教えなければ、うそをつけば、真珠に負い目を感じてしまうし同じ珠魅として、きっと真珠は真実を知ったときに悲しんでしまうだろう。だが、いざ伝えようと思うとうまく口にできない。伝えたところでやはり真珠は悲しんでしまうのだ。二人は頷きあうと、瑠璃が「あのな」と切り出す。
「いた、珠魅が。だが、宝石泥棒に……」
「そう、なんだ……」
三人の間に重苦しい空気が漂う。一気に朝食が味をなくしていく。何の味もしない何かを、ただ食べているだけのような気がした。やがては食べることを止めた。
「だからこれからね、わたしたちの知らない珠魅のことについてたくさん聞きに行くの。ディアナっていう人は、これまでの凶行を“復讐”だと言っていて、サンドラは“珠魅の罪”と言っていたの。わたしたちは、まずサンドラの正体を暴かなければいけない。そして、珠魅の過去と向き合わなければいけないと思うの」
「そうだね……」
「ついてきてくれる?」
「私……怖い。でも、行くわ」
何かを決意したような精悍な表情で真珠はをまっすぐに見つめた。も頷いて、朝食を続けた。
+++
朝食をすました三人は早急に支度を済ませて魔法都市ジオへと向かった。途中の道は口数も少なく、たまに誰かが何かをしゃべり、それに反応し、そして沈黙へ戻る。それの繰り返しだった。
ディアナのいる美術品の倉庫へ、クリスティーヌの許可を取って向かうと、昨日と変わらず石となった無表情のディアナがそこにはいた。少なくともまだ宝石泥棒から核を取られていない。そのことにほっとする。周りの景色からは異彩を放っているディアナはどこか見る人を魅了する不思議な魅力を持っていた。それは彼女の美しさからか、それともその心に記憶した珠魅の悲壮な記憶からか。
「ディアナさん」
「ようこそいらっしゃいました。わざわざ出向いてくださりありがとうございました」
「さあ、話してくれ。サンドラの正体、目的、そして珠魅の罪を……」
「そうですね。では、心して聞いてください」
ディアナはまるで、絵本でも読み聞かせるような語り口で話し始めた。
昔、珠魅は友愛 の種族だと呼ばれていました。己の命を涙に変え、傷ついたものに譲り渡すことで種の保存をはかっていたからです。
しかし、大規模な珠魅狩りの時代を経て、珠魅は種の保存のため、その体質を変えました。命を他者に渡さない、すなわち涙
を流さないように。
そして珠魅は、他種族との交流を絶ち、珠魅だけで都市を築き隠れ住むようになりました。
「それが、珠魅の都市か……」
瑠璃が呟いた。
その都市で、唯一、涙 を流せる姫が現れました。もとは捨石の座という決して地位の高くはない姫が、涙石を生み出せるということで彼女はあっという間に王石姫に祭り上げられました。それから彼女はたった一人でたくさんの命を救っていきました。
―――自らの命と引き換えに。
ある日、珠魅狩りを推し進める不死皇帝軍が大軍勢を率いて都市まで攻撃を仕掛けてきました。それはもう、何人もの珠魅たちが死んで行きました。そのたびに癒していった王石姫は日に日に衰弱して行き、あと数日持つか、持たないか、という状態まで追い込まれました。
そこで姫の騎士が、姫を都市から連れ去ったのです。当然、癒してくれるものがいなければ珠魅は死に行くだけ。核の傷が自然に癒えるには長い年月が必要ですから。ですので都市も崩壊。珠魅もほとんどが滅んで行きました。
(このお話は……)
わたしはこの物語を見たことがある。
「ディアナさん」
「なんでしょうか」
「その、連れ去った騎士というのは……」
名前を出すのを躊躇ってしまう。今も頭を離れない、想い人にとてもよく似たあの青年のこと。もしもあの青年のことだとしたら……
別に彼が連れ去った人の正体だからなんだ、というわけではない。ただ、なんとなく嫌だった。意を決してその名を口にする。
「アレクサンドルというものでしょうか」
「……ええ」
「……。そう、ですか。話の途中ですみません、続けてください」
「わかりました」
言わずもがな、珠魅の罪とはたった一人の王石姫の命を削りながら戦争を始めたこと。そしてサンドラの正体は―――
「そう、私の正体はアレクサンドル。ずっと昔に蛍姫様を連れさらったアレクサンドルだ」
振り向けば、サンドラが腕を組んで立っていた。