ああわたしは騎士なのに、わたしは騎士なのに、わたしは……

「エメロード……」

 体中から力が抜けていくのを感じるのと同時に、地面にへたりと座り込んだ。瑠璃がすかさず、肩をつかんで「!」と名前を呼ぶが、それがどうにも遠くの出来事のように感じた。目の前が真っ暗になっていく。

「いつまで珠魅とかかわるつもり? とめることもできず、ただ悲しむだけ。あなたにとっていいことなんて、一個もないんじゃないのかしら。なぜ傷つく道をあえて選んでいくの?」
「エメロードは……お姉さんの核を集めて、癒しの涙があれば生き返るんだって、うれしそうに言ってた」

――あたしは、あきらめない!

 先刻、ディアナに力強く言ったエメロードの後姿が、ふと浮かんできた。涙石を生み出せる唯一の蛍姫が死んだ、と聞かされても希望を捨てなかったひたむきな彼女。

「涙石は出せないけど、核探しなら手伝える。何かに向かって頑張る人を応援して、手伝ってあげたいって思うのは当然のことだと思う。そこに、珠魅だから、なんていう壁はあっちゃいけない、あるわけがない……」

 珠魅は、不幸な一族だと思う。自らの持つ美しい核のために、命を狙われ、転売される。彼らは何も悪いことをしていないのに、その美しさがゆえにたくさん核だけの存在となってしまった。
 それなのに、珠魅とかかわったら不幸になると言われ、かつての友愛の種族は、いまは不幸の種族へと成り果ててしまった。
 そしていま、宝石泥棒サンドラによって残された少なく尊い命が奪われていく。なんと、悲しい物語。



送エメラルド



 失意のまま倉庫から出て、はふらふらと歩くが、やがて立ち止まってしまった。身体が動くことをやめてしまって、何も考えられなくなってしまったのだ。ただひたすらに、エメロードへの懺悔が頭の中を巡る。

――エメロード、ごめんね、守れなくて、ごめんね……。

 後悔と、絶望がを責める。ルーベンスに引き続き、エメロードまでもが目の前で殺されていった。無力な自分は、何もできずにただ見ているだけ。どうしようもなく自己嫌悪してしまう。
 そして、もうこんな悲しみを味わいたくない、と思う自分がいた。珠魅とかかわらなければ、とさえ思ってしまった。弱い自分、ひどい自分、汚い自分。
 エメロードをサンドラに引き渡したのは自分だというのに。現実を受け入れきれない。心が壊れてしまいそうだ。



 瑠璃が、優しく名を呼ぶ。その声に不覚にも涙が出そうになったが、寸のところで押しとどめる。

「お前は、頑張ったよ」

 後ろからふわりと抱きしめられる。瑠璃のぬくもりが、ごつごつとした体躯から伝わってくる。鼻を掠める香りは自分の知っている瑠璃の香りで、胸がぎゅっと縮こまる。瑠璃の言葉に、先ほどまで思っていたことが思い出された。なんてことを、自分は思ってしまったのだろうか。珠魅とかかわらなければ、だなんて辛さにかまけて、最低なことを思っていた。

「優しく、しないで……」

 彼の腕からすりぬけ、少し距離を置いた。ぎゅっと目を閉じ、思い出すエメロードの言葉。

――もしもあたしに何かあっても……

「優しくされると泣いちゃうから」

絶対泣かないでね?――

 最初で最後の、エメロードとの約束。

「約束くらいは守らせて」

 振り返り、瑠璃に無理矢理つくった笑顔を向けた。わたしは、うまく笑えただろうか? せめて、せめて約束だけでも守りたい。君のことをもう守ることはできないのだから。
 の努力を汲み取った瑠璃は、黙って頷いて「わかった。」とただ一言。

「……瑠璃くん、わたし、ディアナさんのところへいってみようと思うの」
「そうだな、そうしよう」

 彼女は宝石泥棒と珠魅との関連性について、何か知っているようだった。サンドラの目的は、”復讐”だと語っていたディアナ。では一体、なんの復讐なのか。そしてサンドラの言っていた珠魅の罪とはなんなのだろうか。

+++

 相変わらず石となったディアナはただ美しくて、その表情からは何も読み取ることはできなかった。だが、心を閉ざしたダイアモンドは、二人の様子からエメロードの死を悟ったのだろう。

「覚悟はしておりました。しかし、希望を捨てずに必死に生きる彼女を失うのはとても悲しい。」
「……すまない」
「わたしたち、ディアナさんにお話を伺いたくてやってきました。宝石泥棒について、教えていただきたいのです」
「それならば、瑠璃、あなたの姫を連れてもう一度ここへきなさい。話はそのときにします。今日はもう遅いです。気をつけておかえりなさい」

 なぜ真珠を連れてくる必要があるのかはわからないが、とりあえず今日は言われたとおり退くことにした。

「じゃあ、うちへ帰ろう」
「そうだな」

 こうして二人は美術品講堂の倉庫をあとにした。すでにあたりは真っ暗で、いつのまにやら日が暮れていたようだった。


「なんか今日は、いろいろあったね……」
「疲れたか?」
「そうだね……。でも、いろいろと近づけた気がする。サンドラのこと、珠魅のこと」
「………なぁ」
「ん?」

 横を見れば、いつになく真剣な顔をした瑠璃の横顔があった。月明かりに照らされている瑠璃が美しくて、思わず見入ってしまう。

「俺は、の悲しむ顔を見たくないんだ」
「え……?」
は俺たちにかかわりすぎたんだ」
「何が言いたいの?」

 瑠璃のいいたいことが、なんとなくだがわかってしまった。遠まわしに、傷つけないように、ゆっくりゆっくり突き放していく。
 だがそれが、優しさだとは言わない。

「瑠璃くん、勘違いしないで。わたしは別に珠魅とかかわったからつらい、って思ってないよ」
「だが、事実お前は悲しんでいる」
「誰かとかかわるってことは、そういうことなんだよ。そこに珠魅だからって後付をするのは、違うよ」

(だから、もう、突き放すようなこと言わないで)

 言いかけて、心の中にしまいこんだ。

「わたしは、みんなと出会えてよかったって思うし、すごい世界が広がったよ」

 宝石店へ勤めて、アレックスさんとのやりとりに一喜一憂し、たまの休日にはどっか出かけてみたり。そんな日常が、瑠璃と、真珠と出会ったことでいい意味でも悪い意味でも変わった。
 確かに悲しいこともたくさんあった。希望を取り戻しかけたルビーの死、望みに向かって駆けていったエメラルドの死。そりゃあ、辛い思いなんてしたくない。これ以上目の前で何かを奪われたくない。もしも、瑠璃や真珠までもまでもが奪われてしまったら? 考えるだけで、立ち直れないような絶望が背中にのしかかる。
 それでも、嬉しいこと、楽しいこともあった。瑠璃の小さな優しさだとか、真珠とのレイリスの塔探検だとか、数え切れない。

「瑠璃くんはどう? わたしとかかわって、楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、辛いこと、あったでしょ?」

 立ち止まり、同じく立ち止まった瑠璃の手をとる。

「辛いこと、全部珠魅のせいにしないで」

 過去の経験が、きっと彼をそうさせているのだろう。珠魅だと知ったとたん態度をかえる心ない人だってきっといたはずだ。仲間がいない、帰る場所もない彼にとっては本当につらかったはずだ。
 けれども、そんな人だけでないことを知ってほしかった。少なくとも、自分もアレックスも違う。珠魅だから差別される。そんなことない、とうまく瑠璃に伝えられただろうか。少しでも、救えただろうか。

……」

 瑠璃の中に確実に育っている感情は、他の誰にも抱いたことのない不思議な感情であった。目の前の彼女を、誰にも渡したくない、守りたい、傍にいたい。いろんな感情が一気に渦巻く。

「困ったときはお互い様。ね?」
「本当に不思議な女だ……」
「うふふ、ほめ言葉として受け取っておくね」

 強いくせに弱い瑠璃を、近くで支えてあげたい。そう思った。