姉の核をすべて見つけ、すべてはうまくいったように思えた。だが、エメラルドの核を集め喜ぶ三人の姿を、遠く宮殿の屋根の上で双眼鏡ごしに見つめる宝石泥棒の存在が、事態を悪い方向へとかえていく。

「やっと幸せの四つ葉がそろったというわけね」

 冷たく、そして艶美な微笑みを浮かべるのは、サンドラ。

「……」

 の、無邪気な笑顔が目に入り、思わず顔をゆがめる。

「あなたの悲しむ顔は……できればもう見たくなかった」



エメラルド



 事は突然起こった。何の前触れもなく、一枚のカードが地面に突き刺さった。三人は顔を見合わせて少し黙ったが、やがてエメロードがそのカードを抜き取って読み上げた。

「えーと、幸せの四つ葉を……」

 途中まで読み、エメロードの顔がくもった。どうしたの? とが心配すると、青ざめたエメロードがカードを見せ、困惑する。

「幸せの四つ葉をいただくって……! どうしよう!」
「幸せの四つ葉……って?」
「あたしたち姉妹の別名よ。四姉妹のエメラルドだから、幸せの四つ葉っていわれていたの。」

 つまりはサンドラの予告状と言うわけだ。の表情もこわばった。つい先日のルーベンスのことが思い出された。サンドラに核をもぎとられ、亡くなったルーベンス。彼が自分に話したかったことは一体なんだったのだろうか。今でもそれは、わからない。ディアナは、「自分の核で終わればいい」と言っていた。サンドラはまだまだ復讐に心を燃やしているということか。

「ひとまず、ここは危険だよね。一旦、学園に戻ろうか?」
「うん、そうだね……」

 もう、二度とルーベンスのようにはさせない。騎士として、として、エメロードを守り抜く。

「……お前たちのことは、俺が守るから、だからそんな顔するな」

 不安で押しつぶされそうで、今にも泣きそうなを見て、瑠璃がうっすら微笑んで頭をなでた。は小さくうなづいて、ぎゅっとこぶしを握って「よーし!」と気合を入れる。

「エメロードのことは絶対守るから! 任せて!!」
「ありがとうちゃん! でも、ちゃん、ひとつ約束して?」
「なあに?」
「もしもあたしに何かあっても……絶対泣かないでね?」
「もしもって、エメ……」
「約束よ?」

 なんていう悲しい笑顔をするのだろうか、の胸が引き裂けそうなほどいたかった。彼女はもう、最悪の事態を予測している。なんて強いのだろうと思った。
 珠魅族の姫は、強い。心根が強いから、胸に輝く核も澄んでいるのだろう。

「約束」

 も負けないように、精一杯の不敵な笑顔でうなづいた。と、そこに、「ちみたちーーーー!!!」とどこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。

「これは……ボイド警部?」

 声の主はやはり、宝石泥棒サンドラを追っているネズミ、ボイド警部だった。以前ルーベンスの一件で多少面識がある程度なのだが、とても濃い存在感を持っている。クリスティーヌの宮殿の方面から、短い足でどてどて走りながらこちらへやってきていた。

「宝石泥棒、サンドラから、幸せの四つ、葉を奪う、と、予告状が、届いた!!!」

 やっと追いついたボイドは、息も整わぬうちに三人にまくし立てた。

「じゃから、そちらのお嬢さんを警察で保護したい!! よろしいかな?」
「なるほど、そのほうが安全かもしれないな」

 瑠璃は頷いたが、は一抹の不安がよぎる。騎士として傍で守るべきではないだろうか。けれど、実際にサンドラに対峙した時に、は守り抜けるだろうか。警察でかくまってもらった方が安心なのだろうか。……わからない。

「そう、だね。エメロードはどう?」
「うーん、でも………」

 エメロードはいまいち決めかねるようだった。 としてもなんだか騎士として姫のもとから離れるのは少し心配であった。

「今度こそサンドラの手から守りたいんじゃ。守らせてくれないか」

 ボイドも先日、ルーベンスを目の前で失っている。その言葉には重みがあって、は腹を決める。

「――――わかりました。じゃあ、お願いします」
「じゃあ、ボイドさん、よろしくおねがいします」

 エメロードも承諾したので、ぺこりと頭を下げてエメロードを託した。エメロードは「じゃあまたあとでね、ありがとう」といって笑顔を浮かべて、ボイドとともに宮殿への道をあるいていった。残された瑠璃とは、顔を突合せて「どうしよう?」とお互いつぶやいた。

「とりあえず、真珠ちゃんをむかえにいく? ずっと一人で寂しいだろうし……」
「それもそうだな。でも、エメロード大丈夫か? なんとなく、学園都市から離れがたいんだが……」
「確かに……そうなんだよ。エメロードはサンドラに命を狙われているんだもんね……。正直、気になって、帰宅どころじゃないかも」
「しばらくここに残ってるか?」
「そうだね……わたし、やっぱりボイドさんと一緒にエメロードのところにいようかな」
「ちみたちーーーー!!!」

 再び、先ほど聞いた台詞がリピートされた。何事かと思えば、今度はフルーツパーラーのほうからボイド警部が走ってきている。さきほどと、ルートは違うがまったく同じ光景がそこにはあった。
 しかし、宮殿とフルーツパーラーは方向がまったく違う、一体、どういうことなのだろうか。

「エメラルド、の、お嬢さんは!?!?」

 やってきたボイドが、やはり切れ切れに、叫ぶようにたずねてきた。瑠璃が不思議そうに首を傾げて言う。

「さっき、あんたがつれてったじゃないか」
「!! そいつがサンドラじゃ!!!! ワシが、ボイドじゃ!」

 再び二人は顔を合わせた。ボイドを名乗る輩が二人もいる。いったいどちらが本物なのだろう。どちらかがサンドラで、どちらかが本物のボイドなわけだが、残念ながら二人はボイドとかかわったことはあまりないため、彼ら二人の間に違いが見当たらなかった。けれど先ほどエメロードを連れていったボイドがサンドラかもしれないと考えると不安が胸を襲う。

「瑠璃くん……どっちが偽物だと思う?」

 が呼吸を乱しているボイドを見ながら不安そうに聞く。もし先ほどのボイドが偽物ならば、すぐにでも追いかけなければ。心臓が嫌に早く動く。ボイドは乱れた呼吸を整えつつ、うーん、と自分を本物だと証明すべく頭をひねり、そして言った。

さん、ルーベンスさんの一件を経て、ともにサンドラを捕まえようと言ったことを覚えているか?」
「? え、ええ。―――あっ!」
「そうじゃ。この会話を知っているのはワシとおまえさんだけ。これでわかったかな。さあ、急ぐのじゃ!」

 さあ、っと血の気が引いた。これが、本物のボイド。エメロードがサンドラの手の中にいる。瑠璃も焦りを滲ませて言う。

「宮殿へいったよな!?」
「う、うん!」
「探そう! 急いで!!!」

 先ほど二人が歩いていった道を、全速力で駆けていった。

(どうか無事でいて、エメロード。守らせて、エメロード……どうしてわたしはあのとき任せてしまったんだろう)

 祈りを胸に、泣き出しそうなのを必死にこらえての前を行く瑠璃のあとをついていく。なんで離れてしまったんだろう、どうして自分もついていくと言わなかったのだろう。さまざまな後悔が渦巻いていく。

「なあ、宮殿にはクリスティーヌがいる。怪しまれるだろうから、たぶん宮殿にはいってないと思うんだ」
「そうだね!」

 エメロードに怪しまれないため、また人目を避けるためにも、宮殿にはいかないはずだ。

「宮殿の近くに、どこか隔離されていてかつ閉鎖できる場所を、知っているか?」
「……あ、たしか、近くにクリスティーヌさんのもう一つの倉庫があったとおもう!」
「よし、そこにいってみよう!」

 ごめんねエメロード。騎士なら姫を誰かに預けちゃダメに決まってるよねごめんね――――

+++

 倉庫へいってみると、まずはじめにたくさんのコンテナの積み上げが目にはいった。次の瞬間には頭上から「遅かったようね」と凛とした声ふってきた。この声は、紛れもなくサンドラの声だった。
 見上げれば、やはりそこにはサンドラがいた。エメロードの首を腕で拘束し、動けないようにしていた。

「サンドラ!!」
「また、会ったわね」
ちゃ……逃げて!」

 苦しそうなエメロードの声。瑠璃が剣を抜いて駆け出した。だが、それをサンドラは地面にカードを投げ込んで制した。

「おっと動かないで、ラピスラズリの騎士。この子がどうなっても?」
「くっ……てめえ!!!」

 歯を食いしばって悔しがる瑠璃。

「私だって鬼じゃないわ。ねえ、エメラルドのお姫様? 泣いて御覧なさい。泣いて、許しをこいなさい」
「なんでエメロードが許しを請うの……」

 エメロードがなにをした? 彼女はサンドラに許しを請うようなことを、いつしたというのか。

「珠魅の罪を、泣いて、許しを請うの。そうすれば、あなたを生かしてかえしてあげる」

 珠魅の罪? なぜ、サンドラが珠魅の罪を、語るのか。サンドラの正体は一体、誰なのだ。

「あたし……泣けない……涙が……でてこない」
「それじゃあ、しょうがないわね」

 サンドラは、緩慢な動きで、エメロードの胸に輝くエメラルドの核を引き抜いた。それは、一瞬の出来事だった。核があった場所にぽっかりと穴があいて、命を失った身体は維持することができずさらさらと消えていった。

「エメロード!!!!!!!!!!」

 の叫び声が、倉庫内に響き渡った。