「何よ……これ」
階段を降りきって、開口一番にひどく落胆したような声でエメロードが立ち尽くした。
「どうしてディアナ様が? ディアナ様……?」
きらり、奥にある石像の胸元と、エメロードの胸元が共鳴するように輝いた。そのとたん、エメロードが銅像へと走り出した。と瑠璃もその後についていく。石像は、とても端整で、どこかで見たことのある女性だった。胸元で確かに光った核は、近くで見てみると核すらも石像の一部となっていた。どういうことなのだろうか。
考えを巡らせていると、石と言うことに引っかかりを覚えて、すぐさまルーベンスのことを思い出した。彼には、石になってしまった恋人がいたはずだ。まさかディアナがルーベンスの……?
集結エメラルド
「その名を呼んではなりませぬ。わたくしはもはや、珠魅ではありませぬ」
ディアナと呼ばれた石像から声が聞こえてくる。エメロードは悲痛に顔を歪ませる。
「なんで……?」
「珠魅は滅び行く定めです。あなたも珠魅ではあることをお捨てなさい」
「なんでよ……?」
ディアナは諦めの色がとても濃厚な声色だった。そしてその声にハッとした。自分はこの人と、会ったことがある。
「あなた……アレクサンドルと意見を違えた……」
「……あなた、彼をご存知なのですか?」
「ご存知と言うか、いろいろありまして……」
レイリスの塔で見た過去のことを言えば、少し長くなる。この話をするのは、今でなくてもいい。これ以上の追求を回避するべく、話題を摩り替える。
「なぜあなたは珠魅であることを捨てたのですか?」
「そうだよ! 姉さまたちは核を奪われてもこうしてあたしを呼んでいる。他の珠魅だってそう! みんな待ってる! 癒しの涙を得て蘇る日を!」
エメロードの悲痛な叫び声が倉庫に響き渡った。
「癒しの力を持つ最後の珠魅、涙を生み出す蛍姫は死にました」
淡々とした口調でずいぶんと重く、残酷なことを告げる。エメロードの、瑠璃の、の瞳が大きく見開かれた。おかしい、そんなのおかしい。アレクサンドルが連れ去り、今もどこかで療養しているはずだ。姫の死はすなわち騎士の死。二人とも、死んでしまったと言うのか?
「もはやこの世にわたくしたちが生きながらえる術はありませぬ」
石となったディアナの無機質なその顔が、恐ろしく現実的で怖かった。
「あたしは、あきらめない!」
「ならば姉の核を持ち、今すぐこの場を立ち去りなさい。宝石泥棒はこの場所を知っています」
「どうして……?」
「わたくしの核を奪うよう、宝石泥棒に知らせたからです。わたくしは一族の指導者として決着をつけなければなりません。この、わたくしの核ですべてが終わればよいのですが……」
ディアナの言葉に妙な違和感を感じる、彼女は、宝石泥棒の正体を知っているように思われた。他の誰も知らない核心に触れているようだった。
「ディアナさん、あなた、宝石泥棒の凶行の動機をご存知なのですか? それに、正体も……」
「そうですね。宝石泥棒の目的は……そう、復讐です」
「ふく、しゅう」
彼女のいった言葉を反復する。
「希望の火が見えるのなら、あなたは珠魅として生きなさい。姉の核はわたくしの後ろです」
今度はディアナがの追求を許さぬように、エメロードに言った。言われたとおり後ろに回り込めば、確かにエメラルドの核があった。エメロードはそれを丁寧にかばんにしまい、たちのもとへ戻ってきた。
「あたし、あきらめない。きっと珠魅は涙を取り戻す。珠魅に心があるって信じてる」
「エメロードがそんなに頑張ってるんだもん。きっと、取り戻せるよ」
が微笑むと、エメロードの顔がうっ、とゆがんだ。
「あっ、あーなんか今胸に熱いものがこみ上げてきたんだけど……んー涙はやっぱりでないや」
「がんばれ、がんばれ」
願わくば、珠魅に、エメロードに幸せが訪れますように。
+++
「あとね、核が反応してるところが校長室なんだ。それは学園にいるころからずっと思ってて、でもなかなか校長室って忍び込めないじゃない? だから今日、この機会に行ってみようと思うの」
「見つかったら即刻退学だな」
「んー笑えない」
瑠璃が口元を吊り上げてうっすら笑ったが、にはリアルすぎて苦笑いしか起きなかった。
「退学でもいいよ。姉さんを見つけてあげなきゃ……一人できっと心細いだろうし、寂しいとおもう」
一人の寂しさを知っているエメロードは、そういって力強く、けれども悲しそうに笑うのだった。
+++
控えめに校長室のドアをノックするが、返事がない。どうやら校長は不在のようだった。
が試しにドアノブをひねって押してみると、意外にもドアはすんなりと開いた。
「あ、あいた……」
「ついに不法侵入する日がきたか……」
瑠璃がしんみりと言った。
「いこ、いこ!」
対して楽しそうにエメロード言い、率先して侵入すると、また核がきらりと共鳴した。引き合うかのようにエメロードは棚へ走り、無我夢中で棚の中を漁っていく。
「あった!」
棚の奥にあった、煌くエメラルド。
「まさか、魔法学園の校長が隠し持っているとはね……」
皮肉な話だった。引き取ってくれたヌヌザックの上司が姉の形見をひっそりと隠し持っているなんて。
「俺たちは……モノじゃない」
隣でうつむいていた瑠璃が、ぎゅっとこぶしを握り締める。そう、人間には珠魅の核をもののように売り買いする人たちもいる。珠魅は、モノじゃない。珠魅は、売り買いしていいものじゃない。
「ごめんなさい」
「……っが謝ることじゃないだろ」
「でも、わたしたちのなかにはそういう人もいるのも事実だよ。悔しいけど……」
「ちゃんそんな顔をしないで? こうして、取り返したんだからさ」
アレックスが珠魅の核の売買を忌み嫌う気持ちが心の底から理解できた。もしも、誰かが瑠璃やエメロードの核で商売をしていたら……そう考えるだけで、頭に血が上る。
そんなやつら、世界から消えてしまえばいい。とまで思う。
「さあ、長居は無用だね。最後は……やっぱり、喫茶店が怪しいんだよね」
空気を変えるようにエメロードが言った。
「うーんそれはわたしも思った。ティーポの様子が明らかにおかしかったもの」
「じゃあ、喫茶店にいってみるか」
+++
「やっぱり、ここだわ!」
姉の核も集まってきたからかわからないが、エメロードの核の共鳴の精度がとても精密になってきている気がした。さっきは漠然としかわからなかったようだが、今ではもう場所がわかっているようで、植木鉢のところへ一目散にかけていき無我夢中で“ごめんねカール”内の植木鉢の土を掘っていく。
「うわあ! なにしてんねん! やめろっちゅーの!」
あわててやってきたティーポが蒸気を大量に出しながら真っ赤になっている。今ティーポに触れたら間違いなく火傷をするだろう。
「あった!!」
土まみれになった手が、高らかに掘り当てた姉のかくを掲げた。おー、とが小さく拍手した。
「ああ、ウチのエメラルド!」
「これ、あたしの姉さまなの。返してもらいたいのよ」
「なに、いうてんねん!」
「ティーポ、お願い、お話を聞いて?」
「はん!? なんなんこの子!」
「落ち着いて、突然掘り出したのは謝るわ。でも、ワケがあるから聞いてほしいの」
なるたけ落ち着いてティーポに語りかけると、だんだんと冷静さを取り戻してきたティーポが「ワケがあるんなら聞くさかい、いってみ」とエメロードの話に耳を傾けた。ティーポは元来、悪いポットではない。むしろヒトの痛みや苦しみには同情的なポットであったと記憶している。
「そうね、今のはあたしが悪かったよね。ごめんなさい。話長くなるけど聞いてもらえる?」
「もちろんや!」
「じゃ、話すね……」
エメロードは今まで起きてきた身の上話を順を追って丁寧に説明した。自分たちの住んでいた都市が突如不死皇帝により壊され、姉はみな死に核だけになったこと。戦争の理由が、珠魅の核が目当てだと言うこと。命からがら都市から逃げ出した自分が、魔法都市で引き取ってもらったこと。そしていま、姉の核を探しているということ。
最初は適当に聞き流していたティーポだが、だんだんと真剣に聞くようになり、しまいには号泣と言う始末だ。ティーポの中にはいっていた天然水が滝のように飛び出ていく。彼は、とても涙もろい性分だ。情に厚いのだが、怒りっぽいのがたまにキズといったところか。
「ひどい話や〜〜〜!!! ええよそれ、持ってき!!!! ここにあるもんなんでもあげるさかい!!」
「ふふ、ありがとう」
こうしてエメラルドの核、幸せの四つ葉はすべてがそろった。