「やっぱり珠魅か……。俺は瑠璃。仲間を探して旅をしている」
「まあ、そうなの。旅をしているなら、あたしに似た人見なかった?」
「いや……は?」
「わたしもないなぁ……。力になれなくて、ごめんね」

 エメロードは寂しそうに笑って、「そっか」とだけいった。その表情を見たは、瞬時に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。力になれないことが切なかった。

「……ちゃん、っていったよね?」
「あ……うん」
「お願いがあるの。聞いてくれる?」

 は考えるまもなく、うん、とうなづいた。自分にできることならなんでもしようという気さえしていたので、考える必要なんてなかった。

「わたしにできることなら、なんでもするよ」

 手のひらを胸にそえて、力強く告げる。するとエメロードは目を細めてうれしそうに微笑んだ。

「ありがとう。そのまえに、あたしの話を聞いてもらえる?」
「うん」
「あたしは、珠魅の街から逃げてきてこの学園に保護されたの」

 てことは、結構昔からいる珠魅なんだ、とは思った。珠魅は不老だ。その核が続く限り、生は続き、年を取らない。

「なぜ珠魅の街は滅びたんだ……?」

 彼女の話を遮り、瑠璃がたずねた。珠魅の街が滅んだ理由は、ルーベンスが「仲間の裏切りで滅んだ」と言ったところで、情報は止まっている。 はひょんなことから珠魅の街が滅びていく原因となった不死皇帝軍の攻め入ってきた事件。アレクと呼ばれていた珠魅の男が涙石を唯一つくりだせる姫、蛍姫を攫っていく事件を目撃した。その事件が本当にあったことなのか、そもそもわからないが、とりあえず珠魅が滅びていく様子をこの目で見たので、エメロードの言葉を答え合わせのような気持ちで聞く。

「癒しの力を持つ蛍姫様がさらわれたの」

 このエメロードの言葉で、がレイリスの塔で見たあの出来事が、どうやら本当らしいことがわかった。なぜレイリスの塔がそれをに見せたのかはいまだにわからないが、それには意味があるということをは思い出した。いったい、なんなんだろう。だんだんと意識が自分の思考に重点を置き始めたことに瑠璃の低めの声が耳にはいってきたことで気付き、あわてて目の前で繰り広げられる会話に意識をおいた。

「癒しの力……蛍姫……」
「みんな珠魅の街を捨てたわ。癒しの力がないのに、一族で固まってたら危険だから」

 確かに、とは思った。固まっていては、もし敵に見つかってしまったとき、一気に殺されてしまう。殺されても傷ついても、涙石で癒してくれる蛍姫がいなければ、滅亡へ向かうだけだ。

「あたしには姉がいたんだけど、その姉とも離れ離れに……。だから、お姉ちゃんを探したいんだけど」
「それが、お願い?」
「うん、そうなの。でも、逃げ出してきたあたしを保護してくれたヌヌザック先生に騎士が現れるまでは学園の外にはでちゃいけないって言われているの……」

 ヌヌザック先生、というのは少し前に店に現れたあの円盤のことだろうか。

「それじゃあ俺が騎士になればいいんだな」
「だめよ、瑠璃さんは姫がいるでしょ?」
「なんでわかったんだ?」

 心底不思議そうに言うと、エメロードはくすり、と一つ笑って、

「匂い、かな。お姫さまの匂いがするの。二股はよくないわ」
「騎士と姫っていうのは、別に恋人じゃないんだぜ」

 瑠璃はバツが悪そうに頬をかいて、な? と同意を求めるようにを見た。だがはただ微笑んで、さぁ? とだけ意地悪にいった。

「お前なぁ……」
「それだから、ちゃんにお願いしようかなって」
「わたし? わたしでいいの?」

 自身を指差して、首をかしげる。はたして自分で勤まるのか、そもそも騎士って何をすればいいのか、さまざまな疑問が頭の中を一瞬で駆け巡っていく。

「勿論。ダメかしら? 姉さまたちはあたしの核にひかれてすぐ近くまできてるの。だからそんなに身構える必要もないし、戦ったりとかもしなくて大丈夫なんだけど……」
「わたしで勤まるなら、勿論引き受けるよ」

 こうして、エメロードの騎士になることが決まった。これがにとって最初で最後の騎士の就任だった。



エメラルド



「それじゃあ俺は、どうすればいい?」
「あれ、一緒にきてくれないの?」

 当然ついて来てくれると思っていたのだが、瑠璃は戸惑ったような顔だ。

「いや、エメロードが二股だって……」

 ちら、とエメロードを見た瑠璃は、どうやらエメロードに二股だといわれたことが結構残っているらしかった。

「騎士になることが二股だっていったのよ。別に、姫と騎士のプラスアルファになることは二股じゃないよ」

 プラスアルファという言い方が面白くて、が噴出すと、面白くなさそうに瑠璃が黙り込んだ。

「プラスアルファとしてよろしくね?」
「うるさい」
「ふふふ」

 まず、喫茶店“ごめんねカール”にやってきた。ここにはうわさのティーポがいる。扉を開けると、カランコロンという音が鳴り、奥からいらっしゃいませ〜。と声が聞こえてきた。エメロードがずんずんと入っていききょろきょろと何かを探し始める。

「ねえ、こんなの持ってない?」

 そういって自身のエメラルドの核を指差した。するとティーポは少し表情を変えた。

「な。なんなんあんた?」
「こんにちはティーポ」

 なんだか今にも怒ってお湯を沸騰させそうなティーポを見かねて が声をかける。するとに注意が向き、少し出始めた湯気がとまった。

「あ、はん。あんたんツレかいな?」
「そう。ちょっといま探しものしてるの」
「それで、持ってないの?」
「持ってない、持ってない」
「そう。そんな感じしたんだけど。気のせいかな?」
「みたいだね」
「じゃあ、次いきましょっか」

 エメロードがすたすたと喫茶店を出て行く。再びカランコロンというどこか懐かしい音が鳴った。 と瑠璃もエメロードの後へついていった。

「次は、宝石店に行こうと思うわ」
「宝石店……って、ウェンデルの秘宝?」
「そう」
「あそこには……ないよ」
「え、なんでわかるの?」

 は自分が宝石店で働いていること、店長が珠魅について詳しいこと、珠魅の核を売り買いしている同業を嫌悪していることをエメロードに丁寧に告げる。

「なるほど……それならあそこはいっか。確かにこの間お邪魔した時も煌きを感じなかったし」

 エメロードが次なる目的地に方向を変えたことに心底ほっとした。今はやっぱりアレックスには会いたくなかったし、不謹慎ではあるがアレックスがほかの女の子としゃべっているところを見たくないとも感じた。

「残念だぜ」
「なにが?」
がよく口にする“店長”とやらの面を拝みたかったんだが」
「……別に、そんな口にしてないよ」

 少しどきりとした。瑠璃に、アレックスへの気持ちが見透かされているようでぞっとした。だからなるたけ瑠璃と視線がかち合わないように景色へ視線を向かわす。

「……俺が」
「え?」
「ただ、嫉妬してるだけかもしれない……な」

 ぼそりとつぶやかれた言葉だが、十分の耳には届いた。

「し……っと」
「っなんでもねえよ。ほら、いこうぜ!」

 歩むスピードを速めてずんずんと進んでいく瑠璃。そのあとを、待ってよー。といいながら追いかける
 胸に広がるのはよくわからない感情。それから、何かを求める衝動。頭の中に広がる映像は、栗色のやわらかい髪の、彼。心が彼を求めてやまない。

「アレックスさん……」

 ただひとつ、名前を呼んでみる。当然返事はないけれど、その言葉を呟くことによって心の中にある押し込められていた何かが弾けとんだ。

(あなたが何者だろうとわたしはきっと、こうしてあなたを求めてしまうんだろうな)

 たとえ、アレクサンドルとアレックスが同一人物だったとしても、たとえアレックスが自分の知らない誰かだったとしても。 心が身体が彼を求めるのだろう。
(やっぱり、アレックスさんが好きだ。あなたが誰でも、この気持ちはきっと変わらないよ)