「ああ、でも……」

 瑠璃が立ち止まり、少し複雑そうな顔をした。

「ずっと思っていたんだが、やはり外は危険だ……真珠は、どこかで待っていたほうがいいかもしれない」

 確かに瑠璃の言うことにも一理あった。これまでこれまで幸運にも何もなかったが、一人で迷子になることは相当なリスクだ。彼女に自己防衛のための何かは何もない。武器を持って戦うことができるわけでもなければ、魔法が使えるわけでもない。 とてばりばり戦うわけでもない。護身ぐらいはできる、程度だ。そんなと真珠を瑠璃一人で守るのはなかなか大変だ。

「私、お留守番?」

 悲しそうな真珠に胸が痛んだ。瑠璃はばつが悪そうに頬をかいて、言葉を捜すように視線を軽く虚空に巡らせた。

「違うんだ。真珠に外は危険なんだ。万が一の事があったら困るし……」

 きっと瑠璃は、道中で魔物に襲われたり、もっと言えば迷子になってしまうことを恐れているのだろう。が二人と知り合ってから日は浅いが、この短期間で真珠は瑠璃と幾度となくはぐれている。本当ならば、どこか安心できるところで待っていてもらいたいのだろう。

「置いてけぼりなんて嫌、ずるいわ」

 瑠璃の気持ちも、真珠の気持ちもわかった。危険な目に遭わせたくない気持ちも、傍にいて力になりたい気持ちも。瑠璃は困ったように、に助けを求めるように視線を送った。仕方なくも、なんとなく後ろめたいが一言添えることにした。

「……瑠璃くんは、真珠ちゃんに傷ついてほしくないんだよ。その気持ちは、汲み取ってあげなきゃ」
「わかってるわ……でも私、瑠璃くんの役に立ちたくて……」
「その気持ちだけで十分だぜ。真珠、俺に任せて酒場で待っててくれ。お願いだ」
「……うん。わかった、ごめんなさい」
「あ、ちょっと待った、ねえ、今酒場で待っててっていった?」

 聞き捨てならない言葉があり、は堪らず口を挟む。

「? ああ、言ったが」
「酒場で一人って、ちょっと心細いじゃない。どうせだったらうちにきたら?」

 ナンパとか、あったら困るしね。と付け加えて瑠璃を見れば、彼は複雑そうな顔で確かに。と呟く。大方、ナンパされてきょとんとしている真珠の姿を想像しているのだろう。

「いいの?」

 真珠が嬉しそうにたずねる。今此処で、やっぱ駄目ー。なんて軽く言えば、真珠はそれこそ世界の終わりを宣告されたような顔をするだろう。そんな様子がふと頭に浮かんで少しにや、としつつもそれを隠すように微笑みを浮かべた。真珠は、なんとなく表情が予想しやすい。

「勿論。うちはドミナの近くなんだ。適当にくつろいでて」
「でも、なんか家主がいないのに居座っててもいいの……?」
「気にしないで。たいしたところじゃないけど……」
「そんなことないよ! お邪魔させてもらえるだけで嬉しいわ!」
「本当に? じゃあ、最初にうちにいこうか」

 三人は、の家へ向かった。途中、瑠璃がぼそっと、嬉しそうに前を行く、目に見えて嬉しそうな真珠に聞こえないようにに耳打ちをした。

「俺や真珠には帰るべき家がないんだ。だからあいつ、そういうのに憧れてて……感謝するぜ」

 帰るべき場所がない、というのはどういう気持ちなんだろう。 には帰るべき家がある。珠魅である瑠璃や真珠は、それがない。帰るべき場所があるのは当たり前かのように思えるそれが、彼らにとっては当たり前ではない。それがどのようなことなのだろう、というのは所詮にはわからない。
 想像は出来るが、それはあくまで想像。実際にそういう待遇になってみないとわからないのだ。人の悲しみなんて、喜びなんて、幸せなんて、望みなんて、結局のところ他人にはわからないのだ。

瑠璃の悲しみ、喜び、幸せ、望み。
真珠の悲しみ、喜び、幸せ、望み。
サンドラの悲しみ、喜び、幸せ、望み。
ルーベンスの悲しみ、喜び、幸せ、望み。
アレクサンドルの悲しみ、喜び、幸せ、望み。
蛍姫の悲しみ、喜び、幸せ、望み。
アレックスの悲しみ、喜び、幸せ、望み。

 互いにすべてをわかりあうことはできないし、わかりあえることなんて結局はひとつもないのかもしれない。だからすれ違い、だから傷を、幸せを分け合いたくなる。



エメラルド



 真珠をの家へ置いていくと、ジオへと出発した。彼らは道中ひたすら会話を続けた。これまでの瑠璃と真珠の旅路、ジオの学生たちのこと、彼らに対するの羨望。喫茶店のティーポットの店長“ティーポ”。前に瑠璃にお前は店長の話しかできないのか、と言われたので、店長の話はしない。

「そこの店長ね、ティーポっていうんだけどすっごい涙もろいの」
「ティーポットが泣くのか?」
「泣くの。目からも、口からも。あ、口って、水が出てくるんだけどね」

 前、アレックスと二人でその喫茶店、“ごめんねカール”に昼食をとりにいったとき、アレックスが とティーポに、前に本で読んだという、感動の実話を聞かせてくれたのだが、そのときのティーポがまたすごかった。目から、口から、水が大洪水で、結局店に広がったティーポの涙をふき取るのを手伝わされた。

「彼いわく、その涙はポットの中の天然水らしい。だから飲めるよ」
「あまり、飲みたいとは思わないけどな」

 確かに、とは思った。
 ジオに到着すると、瑠璃はその外観に驚いて足を止めた。ジオをはじめてみる人は大抵そうだ。まるで城下町かのようなつくりで、大きなお城を囲うように町が栄えている。全体的に明るい雰囲気の学園都市だ。しかし、お城のように見える中心部のそれは、実はクリスティーヌという大富豪が立てた宮殿で、お城なわけではない。
 彼女に関するうわさはジオにいるものなら誰でもひとつは知っているくらい、有名な女性だった。
  が知っているのは、実は宇宙人だといううわさ。

「すごいな、ジオって……」
「この町がすごく見えるのは、八割方クリスティーヌさんのおかげだったりするんだけどね」
「クリスティーヌ?」
「そう。あそこに見える宮殿の主人で、クリスティーヌ商会の女社長、らしいよ」
「ふうん……」

 あまり興味がなさそうに相槌を打って、歩き出した。もそれについていく。

「で、お前のいう店長ってやつは今日いるのか?」
「店長……。店長ねえ、うーん」
「なんだよ、わからないのか?」
「わかるよ。でも店長に今、会いたい気分じゃないんだよね」

 会ってしまえば封印したはずのたくさんの気持ちが蘇り、聞かないと決めた言葉を発してしまうかもしれない。それどころか、珠魅の彼とおもかげを重ねてしまいそうで、怖かった。

「そうか。なら、いいさ」

 瑠璃はあっさり引き下がった。“ウェンデルの秘宝”を意識して見ないようにして、目抜き通りを通り過ぎ、魔法学園入り口までたどりついた。

「ここが学校。確かあの子、学園を抜け出したって言ってたから……たぶん、魔法学園の生徒だと思う」
が羨む魔法学園の生徒、か?」
「そう」

 二人は笑いあうと、魔法学園の中へ入った。あてはないのだが、瑠璃の珠魅一族特有の“煌き”と、の覚えている彼女の容貌を頼りに、珠魅の女の子を捜していく。魔法学園はオープンな校風なため、学園の生徒以外も立ち入れるようになっている。

「どこにいるかなー……とりあえず教室から捜そうか」
「教室って言うのはなんだ」
「生徒たちが授業を受ける部屋のことだよ」

 というわけで、教室へ向かった。学生たちは同じ制服を着ているので、部外者であると瑠璃はかなり目立つのか、すれ違う生徒たちからの視線が痛かった。けれどそういえば、あの珠魅の女の子は、制服を着ていなかった気がする。
 教室と思われる部屋を片っ端から見ていくが、今は休み時間らしく、教室は規則の感じられない混沌とした空間になっていた。席をあわせて一緒にご飯を食べていたり、教室を走り回っていたり、さまざまだった。

「どう、瑠璃くん、煌きは?」
「……感じられないな」
「じゃあ、図書室にいってみよっか」

 もこの前見た緑色の髪の少女がぱっと見、見当たらなかったので、図書室へ向かう。少し歩いて図書室にやってきて、一歩踏み入れた瞬間、瑠璃が足を止めた。

「……感じる」
「てことは!」
「いる、いるぞ……! 仲間がいる!!」

 瑠璃が感動につき動かされて、図書室の中へ走り出した。 も追い、このまえみた少女を捜す。

「瑠璃くん、いた。あそこ!」

 少女は椅子に座って瑠璃をじっと見ていた。きっと彼女も煌き感じたのだろう。瑠璃も彼女に気づいて、二人は互いに見つめあった。 が彼女の元へ歩み寄り、彼女に声をかけた。

「あの、こんにちは」
「こんにちは! あのさ、もしかして彼、珠魅?」

 ちら、とこちらへ向かってきている瑠璃を見てたずねられる。

「はい。彼はラピスラズリの珠魅ですよ」

 と、紹介したところ、瑠璃が歩み寄ってきた。

「なあ、アンタ……珠魅だな?」
「うん。エメロードって言うの、魔法剣士目指してるんだー」

 エメロードは陽気に笑った。