レイリスの塔から家にどうやって帰ってきたのか全く記憶がないのがとても不思議だが目が覚めたら、家のベッドで横になっていた。昨日のことがまるで夢のように感じたが足の鈍い痛み――俗に言う筋肉痛というやつだ。――が事実だと物語っていた。

『関係ないわけない。あなたには、不幸になってほしくない』

 ごろりとベッドの上で寝返りを打つと、昨日サンドラの言葉が頭の中を何度も駆け巡る。これと同じようなことを、とある男にも言われたことがある。とある男、というのは、の想い人であるアレックスだった。

『自ら不幸に飛び込んでは駄目ですよ』

 偶然なのかわからないが、それにしてもなぜサンドラが自分の身を案じるのか全く見当がつかなかった。面識なんてないし、とげとげしい態度や言葉を投げかけることしか今までなかった。
 それから、レイリスの塔の運命の部屋で見たあの珠魅の記憶もなんだったのだろうか。アレックスに似ている、アレクサンドルという珠魅の男。同族を裏切り、涙石を生み出せるただ一人の姫をさらいだした、裏切りの騎士。

(あの人と、アレックスさんは……一体どんな関係なのかな)

 アレクサンドルとアレックスとの相違点は、メガネの有無と、口調と、種族ぐらいだろう。聞いてみてもよいのだが、聞いてしまっては何かが崩れていくような気がして、彼が離れていくような気がして、なんとなく聞けない。アレックスと自分との微妙な距離が壊れてしまうのは絶対に嫌だった。
 のそのそとベッドから起き上がり、階段を下りてリビングへ向かう。途中ぼんやりする頭のおかげで階段を踏み外しかけたが、なんとかリビングにたどり着いて水を一杯飲み干して、いすに座る。

「今日は……仕事なし、か」

 カレンダーに宝石マークがないのを見て、がっかりする。生きる楽しみといっても過言でない、“アレックスを見ること”ができないなんて、苦痛以外なんでもない。だが、少し前に思っていたことを思い出して、やはり今日は仕事がなくてよかったかもしれない。と思った。

――アレクサンドルとアレックスの関連性について――

 彼の近くにいては、ふとした瞬間に好奇心が勝って聞いてしまうかもしれない。それがきっかけで、アレックスとぎくしゃくするのは絶対に避けたかった。――はアレクサンドルとアレックスの関連性をもはや否定できないことはなんとなく理解していた。他人の空似にしては、似すぎているのだ。それに、珠魅に興味を持つ、アレックス。

(………。でも、でも、アレクさんがアレックスさんだったとしたら一体なんで宝石の研究なんて……)

 彼が宝石店を営んでいるのは、彼の宝石の研究の費用を稼ぐために渋々だった。が考える限りそれに他意があるようには思えない。彼の宝石に対する情熱は彼の傍らで一緒に店をやってきたはよく知っている。そう考えると、アレクサンドルとアレックスの関連は僅少になってくる。
 アレクサンドルは蛍姫を助けるために連れ出した。今もどこかに身を潜めて、蛍姫を療養させているはずだ。アレックスは宝石研究の費用を稼ぐために宝石店を営んでいる。

(やっぱり、別人だよね……?)

 彼と彼とを結びつける要素は少ないが、違った要素ならいくらでもある。アレクサンドルの纏う雰囲気とアレックスの雰囲気には大差があるし、口調だって違う。第一アレックスは珠魅ではない。

「……別人、だよ!」

 ひとつ頷いて、いすから立ち上がる。今日もいい天気だ。



エメラルド



 オフ日というのは、どうもぼうっとして終わってしまうことが多い。今日は休みを有効に使おうと思い、ドミナの町へ繰り出した。相変わらず懐かしさを感じるこの町に、は居心地のよさを感じる。まるで故郷のような、そんな町。久々にメイメイに占いでもしてもらおうと思いドミナバザールへ向かって歩いていくと、後ろから聞きなれた声がかかった。振り向く前に声の主を特定する。そう、彼はラピスラズリの騎士。

「……おい、!」
「ええ、やっぱり瑠璃くんだ。それに真珠ちゃん。予想大当たり。昨日ぶりだね」

 予想した通り、そこには昨日会ったばかりの瑠璃と真珠がいた。まさか二日連続合うとは思わなかった。しかも二人そろって登場したのは、今回が初めてだ。そのことを瑠璃たちに言うと、真珠が申し訳なさそうな顔で瑠璃に謝る。そんな様子をくすくすと笑いながら見守る。

「ところでお前、今日はどうしたんだ?」
「わたし? んっと、今日はオフなんだ。だからドミナの町で暇つぶしです。……あ」
「ん? どうかしたか?」

 急に、昨日の光景が脳裏に浮かんできた。瑠璃の髪よりももっと明るい緑色の髪の女の子が、突如捜したいものがあるといって宝石店にやってきたのだが、これまた突如現れた円盤、ヌヌザック先生とともに姿を消した、という嵐のような出来事。レイリスの塔の一件ですっかり忘れていた。

「……魔法都市ジオ、ってわかる?」
「ああ。知ってるぜ」
「わたしはそこの宝石店で働いてるんだけど、この前珠魅の女の子が……」
「本当か!?!?」

 言葉を言いきる前に瑠璃にがっちり肩を掴まれて、必死の形相で尋ねる。その気迫に圧倒されつつも、彼の瞳をしっかり見つめながらひとつ頷いた。すると手は離され、「夢か? いや、夢じゃない。アイテテ……」と、とても嬉しそうな顔で頬を抓りだした。真珠を見ると、複雑そうな顔で俯いていた。

『仲間なんて見つからなければいいのに……』

 昨日そういっていた彼女。複雑な心中が伝わってくるようで、の胸にチクリと針が刺さったように痛んだ。

「真珠ちゃん……?」
ちゃん。瑠璃くん、すごい嬉しがってる。ありがとう」
「あ……うん。イエイエ」

 彼女は強い。改めてそう思う。昨夜ぽろりと出た本音は、きっとあれきり聞くことはないだろう。だが、真珠はそれでいいのだろうか。心にいつも不安を抱えながら、瑠璃とともに仲間探しをする。それがどれほど重荷であることか。

「ねえ、瑠璃くん」
「ん? どうした
「瑠璃くんは、仲間を見つけたらどうするつもり?」
ちゃん!?」

 真珠の驚きの声を無視する。お節介だと言うことは分かっている。けれど、どうしても聞きたかった。というより、瑠璃に分かってほしかった。

「それは決まってる。一緒に行動する、さ」
「それが姫だったら?」
「……どういう意味だ?」

 なんとなく勘付いた瑠璃が、少し眉を寄せてたずねる。

「騎士っていうのは、一人の姫のためについているものでしょ? ね、これでわかるでしょ?」
「いいよ、ちゃん。あんまり瑠璃くんを困らせちゃ、駄目だよ」
「でも……」

 作り笑いを浮かべて首を振った真珠に、の胸がズキッと痛んだ。本当は辛いくせに、真珠は本当に強い。だが同時に可哀相だとも思った。自分から幸せを遠ざけているような気がして、こちらからしてみれば居た堪れない。

がいいたいことは大体わかった。……真珠、どうやら俺はお前を不安にさせていたらしいな」
「……そんなことないよ」
「安心しろ。俺はお前の騎士だ。ずっと守りぬくさ」

 瑠璃の一言に安心したようで、真珠はにっこりと笑顔になって、ありがとう。とお礼を述べた。聞いていたの胸までも、ぽかぽかと暖かくなる。

「それじゃあ、ジオにいこっか」

 瑠璃と真珠は同時に頷いた。