珠魅たちの都市に不死皇帝の軍が攻めていったのは確か、遥か昔の事。当然が生まれているわけがない。ということは、もしかしたら、レイリスの塔の運命の部屋で過去に飛ばされたのかもしれない。と、段々とこの状況を理解し始めた。
 レイリスの塔がを呼んでいた……。それはつまり、この珠魅たちの過去を見てほしいから、と推測される。それが何を意味するかはわからないが、とりあえず今は“アレク”と、“蛍姫”と、そして珠魅たちの行方を見守ろうと思った。



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 間も無くして、遠くのほうから怒号が聞こえてきた。胸騒ぎがする。ルーベンスが言ってた通り、不死皇帝が攻めてきたのだ。の記憶が正しければ、不死皇帝軍の“珠魅狩り”で、儚くも珠魅たちの殆どが滅びてしまう。
 珠魅の核は装飾品としても美しい。それだけでなく、強大な魔力を秘めているから、他種族から狙われているのだ。だからこそ、不死皇帝は珠魅の核を手に入れようと攻め込んだのだ。

 その昔、珠魅は涙を流し互いを癒してきたのだが、珠魅だけの閉鎖的で且つ安全な場所で過ごしているうちに、珠魅たちは生存本能から涙を流すことを忘れてしまったのだ。――涙を流すということは即ち命を削る事と一緒で、珠魅一族は仲間のために自分の命を削り癒すという、友愛の象徴の一族だった。――
 ということは、やはりこのアレクという男も死んでしまうのか。それを、は見届けるしかないのか。
 は彼から離れて、改めてアレクを眺める。

(……あなたは死なないでほしい)

 言葉にすることなく、胸の中で小さく呟いた。アレクは開け放たれた扉に向かって歩き出した。はそんなアレクの後ろをついていく。彼の後姿は頼もしくもあり、だが弱弱しくもあった。

「絶対に死なせない」

 ぽつりと呟いた言葉が、はっきりとの耳に届いた。彼はきっと、“蛍姫”のことを思って言っているのだろう。もしかしたら、アレクは……。――そこまで考えて、思考がストップした。目の前に現れた光景が、余りに残酷で。

「……っ、ひどい」

 塔の下では、たくさんの珠魅が殺されて、核を抜き取られていた。とにかくむごい状況だった。たくさんの珠魅たちが死んで、傷つけられた珠魅の血が血だまりになっている。パッと見ただけでも、数多くの人が倒れているのが遠目にもわかる。そのうち肉体は朽ち果てて、核だけが残るのだろう。けれどもまだたくさんの珠魅が、闘っていた。
 この塔を降りて見たら、もっとすごいものが見えるのだろう。想像しただけで吐き気がしてくる。こんなにもたくさんの傷ついた、核だけになったものたちを、蛍姫一人で癒す。それがどんなに大変なことか、 は嫌でも理解した。そして、アレクが蛍姫を救いたい気持ちも。
 あまりにひどい戦況に足を止めた二人だが、アレクははっと我に返り塔を登りだした。そのあとを遅れても追う。暫く走った後、この塔の頂上にやってきた。建物は王冠をモチーフに作られているようだった。そこを囲うようにして先ほど見たような水路があり、入り口のところに橋がかかっている。中に入ると、そこにはぽつんと一人の女性が一番奥のベッドのようなところに横たわっている。彼女が蛍姫だろう。どこか、今にもなくなってしまいそうな蝋燭のような儚さが醸し出されていた。

「姫!」

 アレクの声に蛍姫が目を覚まし、ゆっくりと身体を起こすと、不安で揺らいだ瞳がアレクを捉えた。

「……アレクサンドル」

 アレクとは愛称で、アレクサンドルというのが本当の名らしい。

「戦況はどうなのですか?」

 どうやら蛍姫は今戦いが行われている事を知っているらしかった。

「残念ながら、殆どが死にました。生きているものたちには散り散りに逃げるように命令を出ました。このまま篭城していても、いずれ我々は滅んでしまう……。ですから、姫様も逃げましょう。珠魅狩りの魔の手がやってくる前に。さあ」
「え……」

 は堪らず声を上げる。確かに、殆どの珠魅は命を落としたかもしれない。しかし、逃げろなんていう命令は出でいないはずだ。今もなお珠魅たちは戦い続けている。いずれ、出さなければならなくなるときがくるのは必然的だが。
 だが、それも蛍姫をここから逃がすための嘘であると察する。こうでもしないと彼女はきっと、ここから逃げてはくれない。彼女は優しいから、傷ついた仲間を放っておけない。たとえ、自分の命が今にも消えてしまいそうでも。
 それをアレクサンドルは痛いほど知っているから、だからこそ嘘をつく。彼女を生かすための、残酷な嘘を。

「ですが、負傷した者たちは……?」
「みな、核を不死皇帝軍に持っていかれています。悔しいですが……今は逃げるしかありません。逃げて、みなが戻ってきたときに姫が癒せるように、今は療養しましょう」
「……そう、ですか。わかりました。……ゴホッ、ゴホッ」

 表情を暗くしたと思ったら、苦しそうに咳をする。そんな様子を、アレクサンドルは居た堪れない気持ちで見て、駆け寄る。
 急がなければこのままでは蛍姫は、そのまま時間の流れに沿って生きているだけでも長くは持たないだろう。アレクサンドルは蛍姫を抱き寄せて、精悍な顔で王座を飛び出した。もついていこうとしたが、また“あの感じ”が襲ってきた。
 先ほどまで聞こえていた水のせせらぎだとか、彼の走り去って行く足音だとかが何も聞こえない。そして視界がぐにゃり、ぐにゃりと歪む。棒でかき混ぜられたかのように。身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。それはもう、“この世界の終わり”を意味していた。

(アレクサンドルさん……あなたが)

 あなたが一族を裏切った人なのね。

 予想した通り、プツリと意識が途切れた。





 これが復讐の始まり。自分の命と引き換えに、癒しを与えてきた彼女へ贈る、千の生贄。最後に生き残るのは、彼女だけでいい。