それにしてもレイリスの塔はいったいどこまで続くのだろうか? 上を見るが、まだまだ果てしない。もう何階上がったかわからないが、足がだるい。だが弱音を言ってられない。運命の部屋にいかなければならいないのだ。これは使命であり、義務である。隣を歩く真珠もなかなか辛そうだ。唯一の救いと言えば、魔物が出てこないことだろうか。最初のうちはどこから魔物が出てきても、真珠の事を護れるようにドキドキ、ハラハラしながら注意を払っていたのだが何階も上がっていくにつれて、その緊張もなくなっていき、今じゃすっかり魔物はでないものだと根拠のない自信を持っている。

ちゃん辛くない? きっとあともうちょっとだから、頑張ろうね」
「大丈夫だよ。うん、もうちょっと頑張ろう」

 にこり、笑顔で励ましあう。ひとりじゃきっとここまで登れなかったかもしれないけど、真珠がいる。まだまだ頑張れる。そう確信した。というか、頑張らなければいけないのだ。



求めるものへののり



 この塔を登り続けていったいどれくらい経ったのか。懐中時計をポケットから取り出して確認するのは少し億劫なので調べはしないが、相当な時間が経っているだろう。当初は薄暗いと感じていたレイリスの塔だが、次第に目も慣れてきて、今ではもうこれぐらいの明かりで十分だ。
 レイリスの塔のつくりと言うのは、壁に沿って階段が続いている。つまり、四角形。十数段登り踊り場にやってきては方向転換をし、また十数段登って、それを繰り返し四角形に階段を登っていくのだ。代わり映えのない景色に嫌気もさすが、弱音を吐くこともなくここまでやってきた。弱音を吐いては、真珠に悪い気がしたからだ。彼女は弱音も吐かずに頑張っているのに、一緒に歩く自分がうだうだと言っていてはうるさいし、気分が悪いだろう。
 彼女は強い、そうひしひしと感じた。
 それに比べて自分は……。と自己嫌悪に陥りかけたそのとき、

「ねえちゃん」
「……ん?」

 久々の会話。は真珠を見やると、彼女は目の前をじっと見ている。

「もう階段が続いてないわ。もしかしたら、もう最上階かも……」
「ほんとに!?」

 ばっと目の前を見れば、確かに階段が存在していない。その先にはフロアが広がっていそうだ。無限とも思われた階段に終わりが見えて、の身体に力が漲る。

「よし、あともうちょっとだね! がんばろう!」

 が興奮気味に言うのに対し、真珠は顔を曇らせた。

「うん! ……でも、ちょっと緊張しちゃうな」

 真珠は核に手を添えて俯いた。心なしか表情がこわばっているように思える。そんな真珠を励ますように、は両手でこぶしを握って、「大丈夫」と、励ますように言い放つ。

「わたしがついてるよ。それに、今まで知らなかった自分が知れるなんて楽しみじゃ、わ!?」
ちゃん!? 大丈夫!?」

 真珠を見ながら階段を登っていた結果、躓いて思いっきり転ぶ。痛みが一瞬にして体中に広がった。前を向いて歩かなくては……。とぼんやり思いつつ、心配で今にも泣きそうな顔の真珠に、平気だよ。と笑いながら立ち上がった。
 残り七段、六段、五段……と一段、一段しっかりと登っていき、とうとう目的地である最上階にたどり着いた。思った通り階段を登り切った先にはフロアが広がっていて、その真ん中には大きな扉の前があった。二人はその扉の前にやってきた。
 二人でその扉を開ければ、中にはまた部屋があり、天使の銅像が二つと、その間にまた扉があった。

「悩んでる……?」

 二つの天使銅像は、まるで苦悩しているかのように頭を抱えて跪いている。過去と向き合う、と言うことはすなわち、人によっては大きな壁にもなるのだ。ということだろうか。
 頭を抱えてしまうほどの過去は持っていないはずだが、自然と心拍数が上昇する。真珠の様子をちらりと伺えば、彼女の表情は今まで見てきた中で一番悲しそうな、辛そうな、泣きたそうな顔をしていた。何か言おうと口を開くが、かける言葉がみつからず、結局口を閉じて小さくため息をつく。

(何も言わないほうが……いいのかもしれない)

ちゃん」
「あっ、うん?」
「……いこう。いかなきゃ」

 にこりと微笑んだ真珠に、胸が痛んだ。本当は怖いはずなのに、なんてことないと言わんばかりに彼女は微笑みを浮かべている。
 真珠は強い。再びそう思った。 も同じく笑みを浮かべて頷くと、二人は扉に向かってゆっくりと歩き出した。

『見せてあげる。閉ざされた過去。扉を開きなさい』

 また頭の中に夢の中の声が聞こえる。真珠もその声が聞こえているのかわからないが、小さく頷いているのが視界の端に映る。手を扉にかけて、ゆっくりと押せば、重いと思っていた扉はまるで招き入れるようにふわりと開いていった。
 部屋の中には、何者かが一人、立っていた。見知った人物ではなさそうだが、どこか懐かしく思うようなシルエットだ。昔から知っているような、そんな感覚。しかし詳しい姿は霞んでいて見えない。不思議な事に彼女の姿だけが霞んでいるのだ。
 刹那、隣で真珠が何かを言うのがわかったが、何を言っているのか全くわからなかった。音が、突発的にの世界から消えたのだ。やがて視界が何かでかき回されているかのようにぐにゃり、ぐにゃりと歪んでいく。
 そしての意識はプツリと途切れた。