『―――』
……え、だあれ?
『レイリスの塔が貴女を呼んでいる』
レイリスの塔?
――あの、暗い雰囲気で魔物がいっぱいいるあのレイリスの塔?
『貴女はすべてを見届ける運命にあります。運命の部屋へ行きなさい』
あなたは誰? レイリスの塔が、何でわたしを?
『止めるのは貴女。進めるのは貴女』
止める? 進める? どういう意味?
不思議な夢は何を語る
朝日が顔に差し込んでいて、目を開けるとまばゆい光がカーテンの隙間から入り込んできて、思わず目をつぶった。ゆるりとした思考回路で“さっきのは夢だったんだ”と数秒かけて理解した。
「……ゆ、め」
その単語を口にして、ごろりと寝返りを打ち、太陽光に背を向けて重いまぶたをもういちど開けて、おおきくあくびをした。
「レイリスの塔に行けって言ってた……?」
レイリスの塔自体は知っている。その昔、魔導士たちがマナを汲み上げるために建てたと言われている巨大な塔だ。今は薄暗く、魔物がはびこる場所である。勿論今までは立ち寄ったことはない。
不思議な夢だったな、と思いつつ上体を起こして大きく伸びる。今日も一日が始まる。
「おはようございます」
「おはようございます。……おや? どうかしましたか?」
アレックスは目ざとい。今日のよくわからない夢のせいで、は朝から微妙な心境だった。それが顔に表れていたらしく、出勤して来たの顔を見て、一瞬で心配そうに眉を下げた。つられても眉を下げる。
「変な夢、見ました」
「さんは変な夢が多いですね」
「全くです」
「どのような夢でしたか?」
「レイリスの塔が……わたしを呼んでいるんです」
「! ……夢は夢です。気にすることありません。レイリスの塔に行く必要なんてありませんよ」
アレックスは一瞬焦りを滲ませた。こんな突拍子のない夢だというのに、本気で心配してくれているのだろうか。
「そう、ですよね」
と、口ではそう言うが、夢で呼びかけられたあの声が頭から離れないままでいた。とても不思議だが、レイリスの塔が、やはり自分の事を呼んでいる気がしてならなかった。存在くらいしか知らない、まったく自分の人生と関係のないレイリスの塔が。
「神など、いるものか」
「アレックスさん……?」
「世界とは無情です。幸せになるべき人が、不幸になる。そうは思いませんか?」
このときのアレックスの顔が、困ったような、泣きそうな、顔で、はアレックスから目を逸らすことが出来なかった。彼は今、誰の事を思ってそんな表情をしているのか、悔しいがわからなかった。胸が苦しくなって、潰れそうになる。
「……あ、あの、アレックスさん」
「すみません。意味がわかりませんでしたね。私は何を言っているのでしょうか。……さあ、仕事を再開しましょうか」
元の笑顔に戻って、一方的に会話を終わらせて奥へと行ってしまった。その背中がどこかさびしそうで、いつも大きく感じていた彼の背中が急に小さく見えた。また、彼を遠く感じる。
「レイリスの塔……」
ぽつりと呟いて、は視線をぼんやりと宝石へ向けた。色とりどりの煌めく宝石がひとつひとつ、ディスプレイされている。
夢が何を意味しているのかはまったくわからないがレイリスの塔という、自分の人生の中で全く関わりのない存在が呼んでいると言うことが、何かしら意味があるんじゃないかと思ってしまうのだ。
だが、アレックスのあの表情を見て、なぜだか知らないが、行きたくない気持ちでいっぱいになった。
それでも―――
「いかなきゃ」
レイリスの塔が呼んでいる。わたしは、行かなくちゃならない気がする。行かなくては何か、取り返しのつかないことになりそうな気がする。けれど魔物の巣窟となっている場所に一人で行けるだろうか。ドュエルに護衛をお願いしたほうがいいのだろうか。けれど中に入らなければ、魔物と遭遇することもきっとないだろう。
言葉に出来ない様々な不安が胸にこみ上げてきて、居ても立ってもいられない。今すぐにでも歩き出したい衝動をなんとか押さえて、は仕事を始めた。
(とりあえず仕事を終わらせないと)
今日は午前中で上がり。終わったらレイリスの塔に向かおう、と心に決めた。場所なんてわからないが、なんとなく今の自分ならたどり着けそうな気がする。だって、レイリスの塔が呼んでいるのだから。