次の日、はまたガドへやってきた。二度目のガドもやはり、ため息が出るほど壮大だった。はるか遠くに聳える癒しの寺院を暫く見つめ、約束の場所へ向かって坂を登り始めた。だが、坂を一歩登るごとに、なんだか嫌な予感を覚える。テラスにてルーベンスと会う。ただそれだけのことなのに、とてつもない悲劇が待っていそうで、は坂の途中で足を止めた。底知れぬ不安がを襲い、これ以上進むことを拒んでいるような気がした。だが、気のせいだと言い聞かせ、は再び足を進める。顔に不安を滲ませながら。
さよならルビーの騎士
後数歩進めばテラスだ。と言うときに、聞いたことのある凛としていて、それでもって鮮明な声が聞こえてきた。
「輝きを無くした汚れた石に制裁を!」
今まで感じていた嫌な予感が何十倍にも膨れ上がり、足が竦む。進みたくない。と脳が、足が訴えている。それでもは、なえそうな身体に無理やり力を入れて、足を動かし、駆け足でテラスに辿り着いた。そこで見た光景は、の脳を真っ白にして、思考を停止させた。
修道女がルーベンスに跨り、ルーベンスの胸元から赤く輝くルビーの核をもぎ取っていたところだった。ルーベンスは目を見開いて微動だにしない。やがて命を失ったルーベンスの肉体は、砂のように崩れて、やがて消えた。
は体中から力が抜けるのを感じた。と同時にへたりと地面に座り込む。にわかには信じがたい現実に、今目の前で繰り広げられている光景を、は信じられなかった。この現実を信じたくなかった。
昨日まで生きていたルーベンスが、今日会うと約束を交わしたルーベンスが、修道女によって殺された。
気配に気づいた修道女がゆっくりと立ち上がり、 を見た。恐怖に息を呑む。殺される? そんな疑問が頭に浮かんだ。
「また会ったわね」
口を三日月形にして微笑を浮かべ、の元へ歩み寄る。今すぐ消え去りたいくらいの恐怖がを襲う。
「最初に会ったのはメキブの洞窟。覚えてるかしら?」
「……あ、なた……チャイナ服の?」
じりじりと後ずさりながら、メキブでの一件を思い出す。やはりあのチャイナ服の女性と修道女は同一人物だったのだ。
「サンドラって言うの。知っている?」
「!! 宝石泥棒、サンドラ……! あなたが、珠魅狩りをしてるサンドラなの?」
よろめきながらも立ち上がり、修道女と対峙する。修道女は綺麗な笑顔を浮かべて、頷いた。その瞬間に、は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。あまりの驚愕の事実に、頭の中がパンクしそうなほど様々な事を考える。そんなことは気にせずに、サンドラは先ほどルーベンスから抜き取った核をの目の前に差し出す。
「こんなただの石ころだって、集まれば人一人を救えるほどの価値は出るの」
恐怖はすっかり消え去り、は”ただの石ころ”と言う言葉に、一瞬で怒りがこみ上げる。珠魅の命である核を、ただの石ころ? 命を何だと思ってるの? あなたに命を奪う権利が、あるの?
「ただの石ころ? ……あなた、正気で言ってる?」
「正気よ。だってそうでしょ。輝きを無くした核なんて、ただの石同然」
「ふざけないで!!!!」
怒りに身を任せ、は駆け寄り、サンドラの胸倉につかみかかる。こんなに激怒したのは生まれて初めてだったし、人の胸倉を掴むのも初めてだった。それほどまでに目の前で美しく微笑むサンドラが許せなかった。は眼光を鋭くして、憎しみを籠めて睨みつける。サンドラは一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐに無表情になる。
の脳裏には、瑠璃が、真珠が、ルーベンスが浮かんでいた。ただの石ころだななんて、絶対に許せない。感情の赴くまま、サンドラに言葉を浴びせた。
「あんたなに考えてるの!? あんたのせいでルーベンスさんが死んだ! 返してよ、ルーベンスさんの核返して!」
「核をあなたにあげたところで、何ができる? 核を埋め込んだってルビーの騎士は蘇りはしない」
「煩い!! それでも返して!!!! あんたなんかに、あんたなんかにあげるくらいなら!!!!!」
無我夢中で激しく揺さぶる。だがサンドラは核を手放さず、されるがままに揺さぶられている。
「いくらでもやりなさい。ただ、泣いてはいけない」
「ウルサイ!!!! いいから返してよ!!」
は胸倉を掴むのをやめて、無我夢中でサンドラの手からルーベンスの核を奪い取ろうとするが、上手く交わされて彼女に触れることすら叶わない。
「! サンドラ!!」
そこにボイド警部が駆けつけて、サンドラに駆け寄ろうとする。サンドラは鮮やかな動きで後ろ飛びをし、から距離を取る。
「もう二度と珠魅にかかわらないことね」
そういい残し、サンドラは崖を飛び越えて、その姿を消した。残されたは、ボイド警部の憤慨の声を遠くに感じながら、ただ呆然とルーベンスのいた場所を見つめる。
彼が存在したことを証明するものは何一つ残っていなかった。