改めて、再び草人探しに戻ったたち。

「草人さん、どこへ行ったのかな……?」

 キョロキョロと心配そうに辺りを見回すが、草人の姿は見えないし、声も聞こえない。

「案外、また戻ってきて、今度はとぶつかったりして……!?」
「瑠璃くん?」

 途中で言葉を止めた瑠璃を不審に思って、仰ぎ見る。瑠璃は後ろを振り返っていた。そのとき、の体に強い衝撃が走る。

(ま、まさかあ……このざらっとした草みたいな感触!)

 一瞬でこれから起こることを冷静に考えた。

「きゃ!」
「むぎょ!」

 は盛大に前のめりに倒れ込み、ぶつかってきた何か、もとい草人もに弾かれて尻もちをついた。瑠璃はを抱き起こし、無事を確認する。

「平気か?」
「うん。平気、それより草人さんは?」
「あれ……。治った、治ったー!」

 先ほどの衝突の衝撃で、回虫ププがどこかへ飛んで行ったのだろうか。ピョンピョン跳ね回り、喜びを一身に表現する草人に、二人は顔を合わせて笑いあった。

「よかったね」
「うん! ありがとうおねえちゃん!! おにいちゃん!!」

 それだけ言うと、草人は顔をほころばせながら立ち去って行った。その後姿を見守った後、 は立ち上がり、服についた砂を払う。

「大変おまたせしました。それじゃあ、真珠ちゃんを捜そうか!」
「そうだな」


大事な人を守るとき



「はぐれたって気づいたのはいつ?」

 先程は夢中で駆け上がっていた坂道を、ゆっくりとした足取りで下りながら、は瑠璃に尋ねる。瑠璃は記憶の糸を手繰り寄せるように視線をさまよわせ、「ううん……」と唸り声のようなものを上げる。

「今日はドミナからガドに行こうとしてたんだ。で、着いたときには既にいなかった」

 真珠がはぐれてしまうのは、真珠がふらっとどこかへ行ってしまうのもあると思うが、瑠璃にも要因があるのでは? と思った。ガドに着くまで気付かないなんて異常である。

「ふむふむ……もしかしたら、この町にいるかもしれないね」
「いてくれたらいいんだが」

 悩ましげにため息をひとつつく瑠璃とは対照的に、はのほほんとした表情で、「きっといるよ!」と根拠のないポジティブ発言をして瑠璃を励ます。

「……はお気楽だな」
「それは誉めてるのかしら?」
「ご想像にお任せする」
「ふーんだ」

 眉根を寄せて瑠璃を見上げるも、あっさりと流されて、「そういえば」と話題を変えられる。

「ルーベンスは仲間の裏切りで、都市が滅んだといっていた。そのことについて、の勤めてるところの店長とやらは何か知らないのか?」
「わからない。わたしはてっきり不死皇帝の軍によって滅ぼされたのかと思ってたけど……。本にはそう載っていたから」

 ルーベンスの口から聞いた真実に、二人は戸惑いを隠せなかった。が読んだ本には、その昔、珠魅の核を求めた不死皇帝の軍が、珠魅たちの住む都市に攻め込み、そして珠魅たちは滅んだと書いてあった。
 ところがルーベンスによれば、仲間の裏切りによって都市が滅び、そしてルーベンスは心を閉ざしてしまった。どんな思惑で裏切ったかは、当人以外わかるわけがない。だが、どのような思惑であれ、裏切りは結果として多くの珠魅を殺し、心を閉ざさせた。それが には、悲しくて仕方なかった。

「なぜ裏切ったのだろう。多くの仲間を犠牲にしてまで、することだったのかな?」

 ポツリ呟くと、ふと頭に先ほどの修道女の言葉がよぎった。

――――大事な人は誰かを傷つけてでも、守らなければいけない。そう思わない?―――

「さっき修道女が、大事な人は誰かを傷つけてでも、守らなければいけない。と言った。」

 自分が思っていたことを、瑠璃に言葉にされて、の心臓はドキリと飛び跳ねた。瑠璃は一呼吸おいて、言葉を続ける。

「ソイツはもしかしたら、大事な人を守るために、裏切ったのかもな」

 瑠璃の横顔を見れば、彼の瞳はどこか遠くを見つめていて、はなんだか、瑠璃が遠くに感じた。きっと、彼にとっての大事な人に思いを馳せているのだろう。

「俺はきっと、真珠を守るためなら、ソイツ同様仲間を裏切るかもしれないな」
「瑠璃くんにとって、真珠ちゃんは大切な人だもんね」
もだ」
「え?」
も大切な存在だと感じる」

 初めて見る瑠璃の優しい微笑みに、は不覚にも胸が高鳴るのを感じた。「なんでだろうな。この前会ったばかりなのに」なんてはにかみながら続ける瑠璃。

「俺、初めて真珠以外の人でこんなに深く関わってるんだ。しかも、他の種族のやつと。あんなに嫌っていたのに、不思議だよ。それに、お前と話してると吃驚するくらい気持ちが穏やかになって、素直になれるんだ」
「だめだよ。騎士様は、ちゃんとお姫様だけをお守りしなきゃね」

 照れ隠しするように悪戯っぽく微笑んで、前に向き直ったそのとき、ズングリした体型に探偵然とした服装をし、パイプを咥えたねずみ男が前に立ちはだかっていることに気づき、反射的に足を止めた。

「チミ!!」

 無駄に大きな声に瑠璃は不快感を顔にあらわし、は呆気にとられた。そんなことには気づかず、ねずみ男は、を鋭い眼光で睨みつけながら、

「宝石泥棒サンドラだな!?」

 と、衝撃の一言を叫んだ。これにはも瑠璃も開いた口もふさがらない。だが、例によってそんなことには気づかず、ねずみ男はどんどんと話を進行させていく。

「“希望の炎”……渡すものか! 年貢の納め時だわい!」
「ちょ、ちょっと待って、わたしサンドラじゃありませんよ!」
「その手に乗るか! ワシをなめるなっ!!!!!」
「待ってください。そのお方はサンドラではありませんよ」

 凛とした、鮮明なよく通る声がこの場を制した。この声は、先ほどの修道女のもの。声のしたほうを見れば、やはり修道女がそこにはいた。自分を擁護する発言に、安堵を覚えつつも、やはりどんどんと進んでいく展開についていけずにいた。

「修道女さん? ……本当だな?」
「はい」
「……癒しの寺院の修道女さんが言うのであれば、いたしかたない」

 少し腑に落ちないようだが、ねずみ男は引き下がる。それを確認した後、修道女は一礼をしてその場を立ち去った。それだけでこの町での修道女の立場の高さが伺い知れる。

「ワシはボイド警部。宝石泥棒サンドラを追っている。なにやら寺院に、“希望の炎をいただく”との予告状が来たらしく、こうしてサンドラを捜しているのだが……不審な人物を見かけたらワシに教えるように!」

 つまり、自分はボイド警部に不審な人物と見なされたわけか、と理解し、なんだか気分が落ちる。そういえば先程、ルーベンスも『希望の炎が狙われている』と言っていたことを思い出す。それはサンドラの予告状だったということか。と瑠璃は黙って頷いた。ボイドは、頷いたのを見た後、ああそうだ。と思い出したように口を開く。

「そういえば迷子を保護しているのだが……『真珠』と言う女の子を知って……」
「知ってます!!」
「知ってる!!」

 ボイドの話を最後まで聞き終える前に、と瑠璃は勢いよく返事をし、ボイドに詰め寄る。

「それ、わたし達が捜してた子です!!」
「真珠はいまどこにいるんだ!!」
「あ、ああ……宿屋にいるぞ」

 急に豹変してとんでもない勢いで詰め寄ってきた二人に、今度は逆に押され気味のボイド。

「わかりました! ありがとうございます!」

 最後には頭をペコリと下げて、二人は坂を転げるように下る。下って下って、坂のふもとの宿屋にたどり着く。急いで中に入り見渡すと、ロビーに真珠がちょこんと座ってぼうっとしていた。名前を呼ぶと真珠は二人に気づき、「あっ!」と声を上げた。二人は真珠の元へ駆け寄った。

「捜したぞ!」
「ごめんね、るりくん……」
「いいんだ。無事ならそれで……」

 心底ほっとしたように安堵のため息をついて、微笑みを浮かべた。はそんな二人を一歩下がったところで見守り、嬉しそうに微笑んだ。

「よかったね」

 いつぞやと同じ台詞を口にすると、振り向いた瑠璃は、やはりあの時と同じ微笑みで「ああ」と頷いた。