閉ざされた希望の炎
「あ、草人さんがいた!」
「いたいよおお!」
瑠璃の勘は当たった。草人は寺院の中で大暴走していた。修道女たちは暴走する草人をどうすることもできず見守っている。と瑠璃は草人を追いかけるが、とんでもなく早いスピードで走る草人にはどう足掻いても追いつかない。やがてが立ち止まり、ふらふらとよろめきながら座り込む。
「は、早すぎる……」
「大丈夫か?」
瑠璃も多少息が荒い。だが草人はノンストップで走り続けている。宿の前で会ったときから、ほとんど走りっぱなしなのに、草人の体力にはも瑠璃も脅威を感じる。
「いたいよおおおおおお!!!!!」
草人は座り込んでいたの隣を猛スピードで駆け抜けて、癒しの寺院を出て行った。二人は顔を見合わせ頷くと、草人の後を急いで追いかけた。
+++
草人は再びテラスに向かっていった。と瑠璃がたどり着くと、草人が修道女に押さえ込まれていて、その傍らにルーベンスがいる。
「待ってくれ……」
ルーベンスが躊躇いの色を滲ませながら呟いた。
「ためらうことはありませんよ。石の眠りについてしまった恋人を救うためでしょう?」
「オニーーー!!!」
草人は隙を突いて修道女から抜け出し、再び走り去って行った。 草人がと瑠璃の傍を駆け抜ける姿を修道女とルーベンスが見遣ると、修道女はルーベンスを優雅に見た。
「ほら、逃げられてしまったではありませんか」
「人を、傷つけたくない」
「あなたもですか。そんな思いで、誰かを守れるとお思いで? 甘いですわ」
修道女の“あなたも”というのは、誰のことを言っているのだろう。ふと疑問に思ったが、深く留まることなくの中に埋もれていく。
「……」
押し黙ったルーベンスを嘲笑うかのように、修道女がふふっ、と笑った。
「生きていくということは、この険しい岩壁に道を作るようなもの……」
修道女はガドの断崖に目をやり、そしてと瑠璃の前へ歩み寄る。
「心に希望の炎を絶やしたら、とても頂上まで登りきることはできないわ。そうは思いませんか?」
二人は何も言わずに修道女を見つめる。すると再び、修道女は嘲笑した。
「みんな、甘いわ。強くなければ生き残れない。これは、自然の掟なのよ。大事な人は誰かを傷つけてでも、守らなければいけない。そう思わない? 騎士様?」
騎士と言う言葉に二人は目を見開いた。彼が騎士と言うことを知っているのは、即ち珠魅であることを知っているということ。なぜ初対面の修道女が瑠璃の正体を見抜いているのだろうか。この違和感は確か、メキブの洞窟で出会ったチャイナ服の女性にも抱いた。まさか、この修道女の正体は……とは記憶を手繰り寄せるが、にわかには信じがたい。
「なぜ、俺のことを?」
「さあ、どうしてかしらね……」
ふふ、と妖艶に微笑むと、修道女はその場を去った。瑠璃は何も言わずにルーベンスのもとへ赴く。も黙ってその後をついていく。
「おい、アンタ」
「珠魅、か」
先ほどの会話を聞いていたルーベンスは、複雑そうな顔で瑠璃を見つめる。
「俺はラピスラズリの騎士、瑠璃だ……。アンタ、ルビーの珠魅だな?」
「よしてくれ! 声がでかいぞ! 珠魅だと知られたらどうする? 襲われたらどうする?」
ひどく怯えたようにルーベンス言う。も珠魅の歴史をアレックスから聞いているため、そう思う気持ちは理解できた。 ルーベンスの瞳は、まるで何もかもを信じてないかのように、くぐもっていた。
「すまない。俺は仲間を探しているんだ。アンタ、一緒に来ないか?」
「仲間を探してどうするつもりだ?」
「どうするって……珠魅同士、一緒にいるのが自然じゃないか」
「くだらない」
「なんだと……?」
吐き捨てるように言ったルーベンスに対し、瑠璃は苛立ちの篭った瞳で睨む。
「君は、珠魅の都市が滅んだ理由を知らないから、そんなことが言えるんだ。珠魅の都市はな、仲間の裏切りで滅びたんだ」
「ウラギリ……?」
初めて知った事実に、と瑠璃は驚愕に目を見開いた。
「そうさ、裏切りさ。だから、もう仲間だろうが、信じられない」
「バカな! 珠魅が珠魅を信じないで、何を信じるんだ? 他種族を信じろっていうのか? 俺達を、装飾用の宝石だと思ってるようなヤツらだぞ!」
感情のまま言った後、瑠璃が慌ててを見ると、は悲しそうな笑顔で首を振った。
「本当のことだもん。そういう人だっているわ」
「は、違う」
「ありがとう」
「さあ、どうだかな?」
凛冽な眼光でルーベンスはを睨みつけた。はその瞳の冷たさに、心臓が痛んだ。
(彼は本当に……なにも信じていない)
きっとルーベンスには、この場でどんなに言葉を尽くしたって、彼の心には響かないのだと悟る。瑠璃が庇うようにの前に立ちはだかり、「やめろ!」と叫ぶ。
「はそんなやつじゃない! 俺は知っている!!」
「瑠璃くん、いいんだよ」
「だが……」
苦笑いして、瑠璃の横に立つ。ルーベンスは已然として冷涼な瞳でを見つめていた。だが、それに負けじと、も強い意志を篭めた瞳で見つめ返す。
「わたしだけじゃなくて、珠魅のことをよく理解している人はたくさんいます」
「俺たちの苦しみがわかる、だと?」
「……すべてを理解できるわけじゃありません。わたしは珠魅ではありませんし、実際に裏切られたわけではありませんから。でも、珠魅がどれほどの苦しみを受けたか、っていうのは、わかります。ですから」
やんわりと、張り詰めた空気を切り崩すように笑顔を浮かべる。
「わたしは珠魅を装飾用の宝石だとは思いません。美しい、思いやりの種族だって思ってます」
ルーベンスは俯き黙り込むと、顔を背けた。瑠璃はルーベンスの無作法な態度に腹を立て舌打ちをして、「いこう」との腕を引いた。
「何を言っても無駄だ。それよりルーベンスのことは真珠には言わないでくれ。折角見つけた仲間がコレじゃあ、真珠もガッカリするから」
ちら、とルーベンスを一瞥して、瑠璃が最後に吐き捨てた。ルーベンスはいまだに黙っていたが、と瑠璃が見えるか見えなくなるかぐらいのところで、
「待ってくれ」
と呼び止めた。二人は振り向くと、ルーベンスがしっかりとと瑠璃を見据えている。
「、と言ったか? ……明日話がしたい。また明日、この場所でこの時間、待っている」
ふっと口角を上げたルーベンス。これにはと瑠璃は顔を見合わせて驚く。
(ルーベンスさんが、笑ってる)
初めて見たルーベンスの笑顔に、は思わず嬉しくなって、笑顔になる。ルーベンスのもとへパタパタと駆け寄って、ジッとルーベンスを見つめる。彼の瞳は、先ほどのようにくぐもった色ではない。とは言っても、鮮明、と言うわけでもない。まだまだ疑心暗鬼が潜んでいる。
「わかりました。また明日」
ニッコリと頭を下げた。