万能薬とひとつの命



「瑠璃くん、瑠璃くんならわかるだろうけど、あそこの店の宝石……輝きがなかったよね」
「お前にも分かるんだな。……ああ、俺も輝きがないと思った」

 店を出て少し歩くと、が複雑な顔で言った。瑠璃も賛同するように頷いて、眉を寄せる。

「今日は店長に頼まれて、輝きのある宝石を買ってきてって言われて、きたんだけど……。一個もなかった。ていうかお前にもって……もしかして馬鹿にした?」

 眉を寄せて、ギロリとが睨むが、あまり怖くは無い。寧ろその怖く見せようとするその姿になんとなく愛らしさを感じる。と、そこで瑠璃ははっと自分の思考を断ち切って、ぶんぶんと頭を振った。―――何を考えているんだ俺は!

「瑠璃くん? どうかしたの?」

 突然頭を振り始めた瑠璃を不振に思ったが、恐る恐ると言った感じに瑠璃に声をかける。それで我に返った瑠璃が、顔を赤らめて「なんでもない」と小さい声で呟いた。

「あ、あれ? どうしたんだろう」

 不意に一点を見つめたが走り出した。そのあとを急いで瑠璃が追う。が行きついた先には、草人が道端に横たわっていて、その傍に寺院の修道女がいた。

「どうしたんですか?」
「ああ、ちょうど良かった。この方が、具合が悪そうなのです。手を貸してください」
「うう〜おなかいたいよお……」

 草人のかわいらしい顔が、今は苦しそうに歪められている。はオロオロといまにも泣きだしそうな顔で「な、なにをすればいいでしょう!?」と修道女に指示を仰ぐと、修道女は近くの宿屋を指さした。

「あの宿まで連れて行きましょう」
「うううう……誰か何とかしてーーーーー!!!!!」

 むくりと起き上がった草人が、癒しの寺院へつづく坂道を猛ダッシュで駆け上げっていく。その後をが半ば反射的に追いかけ、そのあとを瑠璃が追う。

「待ってー! 草人さーんっ!」
「お、おい!」

 先に走り出しただが、男であり、旅慣れて体力のある瑠璃はあっという間にに追いつく。は必死な顔で、前を行く草人を見つめている。

! なんで追いかけてるんだ!」
「わからない! でも、ほうって、おけないよ!! 苦しそうなの、見ちゃった、んだもん!」

 走り続けるは、先ほどの草人のように、苦しそうに顔を歪め、息も荒々しい。それでも追いかけるに瑠璃は感心の念を抱いた。坂を登って、登って、登ると、やがて崖を切り開いたテラスにたどり着いた。テラスからの眺めは広大で、美しいガドの町が一望できた。
 こんなところまで走ってきたのか、とは一瞬思ったが、今は草人のことが優先だった。キョロキョロと草人を捜すと、草人はまた横たわっていた。その傍には、真っ赤に燃え盛る炎のような髪に、同じく燃え盛る炎のような服を着た男が跪いていた。

「草人さん!」
「……君たちは?」

 男はたちに気づくと立ち上がり、不審そうに見つめる。

「わたしはと申します。あの、草人さんは!」
「ああ……なんだか突然やってきて、ぶつかったんだが、どうしたんだ?」
「そうでしたか、なんか、どこかが痛いみたいで」
「なんとかしてー!」

 草人の悲痛な叫び声に、が同じくらい悲痛な顔して「どうしよう!」と狼狽える。瑠璃は男をじっと見据えて、核に手を添えた。

(煌きを感じる……まさか、コイツ)

 そこまで考えたときに、先程の修道女がやってきて、息も切れ切れに「すみません」と草人に近寄る。

「見せて御覧なさい」

 修道女は草人の葉の中を探り出す。と男は立ち退き、修道女と草人の様子を見守る。は改めて男のことを見遣って声をかけた。

「あの、先程ぶつかったと言っていましたが、平気でしたか?」
「平気だ。……それより、俺はそこの癒しの寺院で炎の技師をしているんだが、癒しの寺院の炎が、どうやら何者かに狙われているらしいんだ。君、外から来たんだろう? ここに来る前に、怪しい人物を見なかったか?」

 怪しい人物……は考えを巡らせるが、草人を追いかけることに夢中であまり自信はないが、怪しい人物とはすれ違わなかったような気がする。

「わたしは特に見てませんね。……ところでお名前は?」
「そうか。ならいいんだ。俺はルーベンスだ」

 そこまで言ったところで、瑠璃が神妙な顔でやってきた。

「あんた、ルーベンスって言うのか?」
「ああ。どうかしたか?」
「これは回虫ププ! 万能薬の材料になる!」

 瑠璃が何かを言おうと口を開いたとき、修道女の声が響き渡り、三人は修道女と草人を見た。修道女の顔に驚きが滲んでいる。

「早く治してー!」
「治すなんてとんでもない! さ、ププを取り出しましょう」
「どうやって取り出すの?」
「あなたの葉っぱを剥いで取り出すの。大丈夫、早く終わるから」
「いや〜〜〜〜〜!!!!!!」

 葉っぱを剥がれるのを想像したのだろうか、草人は再び走り出した。その後姿を見つめていた修道女が、ため息混じりにポツリと呟いた。

「ププは高価なのに。利用しないなんてもったいないわ。そう言えば、ルーベンスさんも万能薬を欲しがっていたかしら?」

 そういって修道女はチラリとルーベンスを見る。ルーベンスはあからさまに動揺したように「なっ……!」と目を見開いた。

「万能薬ですか、てことは、何でも治るんですか?」

 そのことに気づかないが、当たり障りのない質問を修道女にする。修道女は頷き、雄弁に語りだした。

「病に苦しむ人に希望をもたらす万能薬なんですよ。ププさえ手にはいれば、たとえ恋人が石になったって治るのです。そんなププを、かの草人が持っていたのです! これは手に入れるに他はありません!」
「そうですか……。あの、草を剥ぐ以外に他に治す方法はないんですか?」
「ププを殺すしかないですね。ですが、それでは余りにもったいない!」
「でも……可哀想です」

 修道女の言葉には悲しそうに目を伏せて、黙り込んだ。は草人ではないから分からないが、先程の草人の様子から察するに、きっと草を剥がれると言うのは相当痛いはず。それを想像すれば、自然と擁護の言葉が出てくる。瑠璃もに同調し、修道女に強く抗議をする。

「万能薬だろうがなんだろうが、可哀想だろう。草人だって生きてるんだぜ」

 瑠璃の言葉に、が瑠璃を仰ぎ見る。彼の顔は弱きを守る、精悍な顔をしていた。の胸に熱いものがこみ上げてきた。

「いこう、
「う、うん!」

 スタスタと歩き出した瑠璃の後を追う。すると後ろから修道女の声がやけに鮮明に、と瑠璃の耳に届く。

「そんなことで誰かを守れるのかしら? 甘いですわね」

 瑠璃の歩みがピタリと止まり、が瑠璃の背中にぶつかる。急いで謝り、瑠璃の横顔を見ると、複雑な顔で押し黙っていた。