ラピスラズリの恋



 町の入口にある案内看板と、目の前に見える景色とを見比べる。宝石店への道は、迷わずに行けそうだ。
 断崖の町ガドは、その名の通り崖に町が形成されている。町の入口から、崖の一番上には火と風の精霊を祭る癒しの寺院との高低差はかなりある。複雑で巧妙な町の構成。不安定でありながら安定して見えるこのガドという町。初めて此処へきたにとっては、すべてが新しく、感動を覚える町だった。

!」

 名を呼ばれて、ハッと我に返る。どこかで聞いたことのある声だった。振り返ると、緑色の髪で片目を隠した、砂マントを羽織る男――瑠璃――がそこにはいた。先日初めて出会って、迷子のプリンセスを一緒に探した珠魅の男だ。いつかどこか出会える気がしたが、まさかこんな短期間で会えるとは思わなかった。の全身が興奮と嬉しさに包まれた。

「瑠璃くん! また会ったね」
「ああ。まさか、こんなに早く会えると思わなかった」

 今日も瑠璃は一人のようだ。あの時捜したプリンセスは、今日も姿が見えない。まさか、とは考えを巡らせる。

「まさか瑠璃くん、またプリンセスを……?」
「……」

 苦い顔をして瑠璃は押し黙った。沈黙は肯定と言う言葉がある。これはまさしくそれだろう。 は苦笑いしながら、世話が焼けるなぁ。とぼんやり思う。

「わたしも捜すの手伝うよ」
「本当か!? ……恩に着る」
「あ、でもおつかい済んでからでいい? 店長に宝石店でおつかい頼まれてて」

 瑠璃はかまわない、と頷いた。

「じゃ、いこいこ! 宝石店は、こっちだよ」

 無邪気な笑顔で瑠璃の手首をつかんで、颯爽と歩き出した。瑠璃は突然のことに困惑しつつも、心なしか熱くなっている心臓に今までにない感覚に陥る。

(なんなんだ、この気持ち……)

 前を行くの背中を見つめ、初めて自分の中に生まれたよくわからない感情に戸惑う。


「はい?」
「手……」
「え、あ! ごめん、つい。」

 パッと手を離された。別に離せと言った訳ではないのだが、はそう解釈したようだ。離された手に惜しさを感じながら、瑠璃は「違う」と言う。

「離せと言いたかったわけじゃない。ただ、何で手首をつかまれたのか、知りたくて、その」

 だんだんと声が小さくなる。

「……なんかこの間の冒険が楽しくて、瑠璃くんとまた冒険ができるんだって思うとテンションが上っちゃって」

 瑠璃の指摘の通り、なんで躊躇いもなく瑠璃の手首を掴んだのか、もよくわからなかった。ただ一つ言えることは、瑠璃とまた会えたのが嬉しくて気持ちが高ぶっていたということだ。勢いというのは恐ろしいものだ。

「……そうか」
「わ! るりくッ!」
「いくぞ」

 今度は瑠璃がの手を取り、歩き出した。お互いの顔が赤くなっているということを、お互い知らない。けれども瑠璃はへたれてしまって、すぐに手を離して「仕返しだ」とモゴモゴと言った。は思わず吹き出して、「なにそれ」と笑った。
 宝石店への道中、は花のような笑顔で“店長”の話ばかりした。

「店長はね、宝石店の店長でもあり、宝石研究者でもあるの。すっごく優しくてね、それでとってもかっこよくて」

 その笑顔はとても誇らしげで、彼への好意が滲み出ていて、瑠璃はなんだかモヤモヤと胸にわだかまりを感じた。それを人は嫉妬と呼ぶのだが、瑠璃はまだそれを知らなかった。
 先日は、珠魅について色々と詳しい店長のことがよく知りたかったが、今はなぜかの口から“店長”の話が出るたびに、胸がずんと重くなっていく。不思議な感情の連続で、自分の心ながら理解ができないことだらけだった。ただひとつ言えることは、店長の話はもうしてほしくないということだ。

「おい」
「ん?」
「お前、口を開いたら店長店長って……。他に何か言えないのか?」

 瑠璃は顔を顰めての横顔を見やると、は顔を赤くして、「えっ」と動揺した。

「そんなに店長の話ばっかりしてる?」

 瑠璃を見上げて、首をかしげた。頬は赤く、瞳が潤んでいる。そのとき、瑠璃は単純にを可愛いと思った。彼女に今まで感じたことのない魅力を感じたのだ。不本意ながら、嫉妬の対象“店長”のおかげで。

「してる」

 キッパリ言い放つと、はオロオロと目を泳がせた。

「なんでだろうね。あは。あはは」

 怪しいくらい乾いた笑い声を上げたは「どうでもいいじゃない。そんなの」と言葉を続けた。がそう言ったって、瑠璃にとってはどうでもいいことではない。かと言ってそれに変わるような話題が瑠璃にあるかといえば、そういうわけではない。そういうことは得意ではないのだ。

「あ、つ、ついたついた!」

 うまい具合に宝石店についた。ここへ来ることを知ってはいたが、やはり瑠璃は少しばかり嫌悪感を抱く。宝石を命とする一族だけに、やはり宝石の売り買いと言うのはどうしても抵抗感がある。けれども彼女はそんな宝石屋で働く女性である。なぜ彼女にはそのような感情を抱かないのだろうか。珠魅に対して好意的で、理解もしているからだからだろうか。

「珠魅なのに、こんなところついてこさせちゃってごめんね。 いやだったら外で待っててもかまわないから」

 店の前では眉を下げて申し訳無さそうに言う。

「いや。付き合うぜ」
「そっか。ありがとう」

 それに、どうもこの町にかすかな煌きを感じる。真珠とは違う、煌きを。仲間に会えるかもしれない。と言う期待を胸に、宝石店へ足を踏み入れた。
 は宝石店へ入ると、早速宝石の置いてある棚へ行き、メモと見比べながら宝石を手に取りじっくりと鑑定を始めた。手持ち無沙汰な瑠璃は近くにあった宝石をじっくり見つめ、ため息をつく。

「輝きを感じられない」

 ポツリとつぶやく。素人が見れば、綺麗な宝石なのかもしれないが、珠魅である瑠璃にとってその宝石はただの石も同然だった。輝きを感じられない曇っているその石を平気な顔で売っているこの店の店長を少し苛立ちのこもった目で見やる。その視線に気づかれることはなかった。