プリンスの消息について





「髪が長くて、白いドレスを着たおっとりした子、知らない?」
「知らないなぁ〜」

 二手に分かれて聞き込み調査をしているのだが、依然として確かな情報も曖昧な情報も何一つ得られていない。いいかげんうんざりしながらも、たちは根気よく聞き込みをしている。

「なあ、髪が長くて、白いドレスを着ている少女を見なかったか?」

 通りすがった少年を呼びとめ瑠璃が尋ねると、少年は少し考え込むように顎に手を当て唸っていると、やがて閃いたらしく、「あぁ!」と叫び、にこにこと答えた。

「しらない!」 

 瑠璃は殴りかかりたい衝動を、拳を握り締めることで必死に抑える。少年は「じゃーねー」と何の悪びれもなく去っていった。そこへがやってくる。

「こっちは情報ゼロ……。そちらは?」
「俺もだ。……困ったな」
「あっそうだ。酒場に行ってみようよ。あそこなら何かわかるかも」

 いまは少しの希望にもかけてみたい。それに、土地勘のあるのほうが何かと情報は集めやすい。ということで、と瑠璃は休憩も兼ねて酒場へと向かうことにした。

+++

 酒場に着くと、ドュエルがマスターと楽しそうに会話してた。に気づいたドュエルが手を上げた。

「よお。どうだ、迷子のプリンセスは。見つかったのか?」
「いーえ。見つからない。ドュエル、一緒に探してあげよう。って言う優しい気持ちはないの?」
「残念ながらこの後仕事があるんでね」

 ドュエルと会話を交わしていると、少女が一人、どこか憂鬱そうな顔をして佇んでいるのに気づいた。カウンター近くで立っているあたり、新しく雇ったのだろうか。見知らぬ顔だった。昼間だからだろうか、酒場には珍しくマスターとデュエル、そしてその少女しかいなかったので、非常に話しかけにくい雰囲気を出していたが、もしかしたら何か手がかりを知っているかもしれない。は勇気を出して聞き込みをする。

「あの……白いドレスを着た女の子、見ませんでした?」
「……」
「……知りませんよね。すみません」
「メキブの……洞窟」

 小さく、呟くかのように紡がれた言葉は、“メキブの洞窟”。と瑠璃は顔を見合わせて驚愕の表情を浮かべた。

「それ本当か!?」 

 瑠璃が堪らず声を荒げて尋ねれば、少女は怯えながらも小さく頷いた。メギブの洞窟は、ドミナから少し行ったところにある鍾乳洞だ。地下水流に侵食されて複雑な構造をしていて、今は魔物の巣窟になっている。は行ったことがないところだ。武器を持たないにとっては、少し不安がある。

「瑠璃くん、メキブの洞窟は魔物がいるよ」
「大丈夫だ。この剣が飾りだと思ったか?」

 瑠璃は腰に携えた剣を触って笑む。その笑顔は頼もしくて、の不安は風に吹かれたように飛んでいった。

「さすがだね、じゃあいこ!」

 礼を述べると、メキブの洞窟へ急いだ。

+++

 メキブの洞窟に入ると、薄暗く、湿度の高い空間が広がっていた。水の流れが大地を削ってできたこの空間、自然が作り出した造形美がなんと美しいことか、とは感嘆のため息をつく。こんなに鍾乳洞が美しいとは思わなかった。

「煌めきを感じる……!」

 メキブの洞窟に入り、瑠璃の第一声がそれだった。が「煌めき?」と聞き返すが瑠璃は返さなかった。には珠魅に深く関わって欲しくないからだ。“珠魅に関われば、不幸になる”―――――昔から言われていることだ。そんなことはお構いなしに、は言葉を続ける。

「ああ、瑠璃くん」
「なんだ?」
「名前はなんていうの? その迷子のプリンセス。とっても今更だけど」
「真珠だ」
「それって、あなたのお姫様?」
「ああ」
「珠魅って、お姫様を護るために騎士がついてるんだよね? 瑠璃くんがその騎士?」
「……詳しいんだな」
「まあね。店長がよく知ってるの。他にもいっぱい知ってるよ」

 瑠璃はぐっと息を呑んだ。詳しい。瑠璃はの言う、店長とやらが気になっていた。その店長に会えば、もしかしたら仲間が見つかるかもしれない。淡い希望が胸に、痛みとともに降り積もる。何か言いたげな瑠璃を見かねて、は言葉を続ける。

「いっておくけど、店長は珠魅じゃないよ。宝石が好きな人なの。それで、珠魅のことが詳しいの。珠魅の核を装飾品って言われることが一番嫌いな人」

 店長――アレックス――の軽い説明をした。それも、誇らしげに。瑠璃は複雑な顔をしてを見やるが、やがて、そうか。と残念そうに呟く。
 仲間が、欲しい。あてもなく彷徨う自分にとって、例え微かな可能性でも賭けてみたい。今度、もしと会う機会があったら、その店長のもとへ案内してもらおう。といっても、次会う機会なんて、ないと思うが。
 それに、珠魅と深く関わってはいけない。もし、彼女が涙を流すようなことがあったら、それこそ。
 瑠璃が無意識に顔を顰めると、それに気づいたが不思議な顔をして尋ねる。

「どうしたの?」

 瑠璃は「なんでもない」と返した。
 それにしても、珠魅のことを知っているなら、なぜ進んで関わろうとする? と改めて瑠璃は思う。彼女は矢張り、不思議な奴だ。珠魅と関われば、不幸になるのに。けれど、自分からそのことを言うのは憚られた。
 暫くどちらも何も喋らずにメキブの洞窟をひたすら歩いていくと、少し先に人影のようなものが見える。二人は顔を見合わせて、頷くと、人影へ向かって走りだした。かすかでも、希望が目の前にある。
 走っていくうちに、ぼやぼやとしていた人影が輪郭をはっきりとさせる。女性のようだった。緑のチャイナ服に身を包み、誰かを待つようにただ立っている。
 はその女性を見て、一瞬何か引っ掛かるものを感じた。それが何かはよくわからなかったが。やがて女性のもとへ辿り着くと、容姿がよく伺えた。両サイドに大きな花の髪飾りをつけている、妖艶で美しい女性だった。彼女はの顔を見ると、目を見開き、驚愕したが、一瞬のことで、も瑠璃も気づかなかった。

「遅かったじゃないか。真珠姫ならこの先だ。はやく助けてやれ」

 この女性はなぜ二人が真珠のことを探していると知っているのだろうか。瑠璃が目を鋭く細めた。

「何者だ? なぜ、真珠の名を知っている?」

 女性はその問いには応えず、笑みを浮かべるだけだった。

「すみません……どこかで会ったことありますか?」

 先ほど感じた何かの正体を知りたくて、は女性に問う。すると、女性は首を横に振る。

「ない。それよりも、君、コイツらとあまり関わらない方がいい」

 女性は話を切り替えた。瑠璃を一瞥して冷たく言い放つ。『コイツら』という言い方はとても失礼ではないだろうか、はムッとして、無意識に眉を寄せる。

「コイツらって、珠魅にってこと?」
「もちろん」
「……珠魅と関わったら不幸になるから?」
「そう」

 は、んー。と唸り、腕を組む。瑠璃は何も言わずに二人の会話を聞いている。珠魅と関わったら不幸になる。その言葉の返事が、少なからず気になった。

「別にいいじゃない。ただ、困ってる人がいるんだから、それが珠魅だろうとなんだろうと関係ない。珠魅だから助けないなんて、変だと思います。それに、不幸になるなんて、失礼じゃない? 珠魅だって同じ生きているのに。関わったら不幸になるだなんて、珠魅に失礼ですよ。だからコイツらと関わらないほうがいいなんて、言わないでください」

 思ったままを、努めて冷静には述べる。珠魅という種族のことを知らないひとも多い。数少ない珠魅を知るひとたちは、言い伝えがあるのだから関わるべきではないという。それについて、ずっともやもやを感じていたのだ。こうして意見を述べることができて、少しすっとした。

「……君は、とても変だ」
「よく言われます」

 がおどけて笑う。だが、心の中では複雑に思いが巡る。違和感の正体がなんとなくわかったのだ、この人は、あの人に似ている。今も宝石店で宝石を磨いているであろう彼を思い浮かべてそっと目を閉じた。

「きゃあああああああああああああ!!!!!!!」

 目を閉じて刹那、恐怖が滲んでいる、鋭い悲鳴が鮮明に届いた。二人は悲鳴のする方まで反射的に駆け出した。女性は一人、複雑な顔をしてその場に佇んでいた。

『ただ、困ってる人がいるんだから、それが珠魅だろうとなんだろうと関係ない』

 彼女の言葉が、頭の中で幾度となく繰り返された。