ラピスラズリの騎士




 今日はドミナにやってきていた。理由は特にないが、暇な日はたいていドミナにきて、ぐるぐると町を歩いて話をしたり、買い物をしたりしている。ドミナに来るたびに、とても懐かしい感じがするのはなぜだろうか。街並み、色合い、人々、におい、すべてが懐かしさを感じる。町全体があたたかい色合いだからだろうか。故郷のようなノスタルジーを感じるドミナが好きだ。

「よっ

 声をかけられたのは随分と下の方からだ。声のした方を見れば、野菜を思わせるなんともいえない被り物をした男。

「あ、タマネギだ」
「タマネギ剣士ドュエルだ!」

 小さな身体を存分に揺らして怒った。“剣士ドュエル”を言い忘れたぐらいで怒りすぎ。と言葉には出さずに、「ごめんごめん」と心とは裏腹に素直に謝った。と、そのときだった。

「なあ……。人を探してるんだ。知らないか?」

 深い緑の長い前髪で顔半分を隠していて、砂マントを被っている。その男の右腕は宝石でできていた。そんな男がふらりとやってきて、尋ねた。胸元には髪同様、濃い青碧色に輝く宝石。ドミナにいるひとたちは大体が顔見知りだが、この男のことは初めて見た。それはドュエルも同じらしく、困惑したように男を見ている。
 とドュエルは、何から言えばいいのか判らなかった。しばし固まっていると、男は顔を顰める。

「知っているのか、知らないのか?」
「ちょっと待ってよ。名前とか、特徴とか、言ってもらえないとわからないよ」

 がにっこり教えると、男はハッと目を見開き、恥ずかしそうに顔を赤くして頬をかいた。これが、これから起こる珠魅ととの物語の始まりだ。いや、寧ろそれより前から物語は始まっていたのかもしれない。

「白いドレスに、長く編んだ髪をたらしている。妹みたいなものなんだが……」

 男は下唇を噛み、悔しそうに視線を落とす。迷子のプリンセスは、男にとって、とても大切な人なんだとわかる。とドュエルはそれぞれ心当たりを探すも、何も出てこない。何も言わずにいると、男は少し表情を曇らせる。

「知らないならいい、すまなかったな」

 簡単な礼を述べると、男は踵を返してさっさと行ってしまった。隣でドュエルが「なんなんだ……」とつぶやいたと同時に、は駆け出した。後ろでドュエルが「!?」と叫んでいるが、それは無視して走り続ける。

「待ってよ!」

 男にはすぐ追いつき、話を聞いてもらうために思わず彼の左手首を握り締める。男は振り返ると、目を丸くして驚き、の顔と、つかまれた手首とを交互に何度も見やる。

「わたしも手伝う。あなたにとって大切な人なんでしょ?」
「え? だが……」
「いいからいいから、困った時はお互い様だよ」

 男は最初、困ったような顔をしていたが、すぐにぎこちなく微笑み「ありがとう」と言った。は微笑み、手首から手を離す。

「わたしは。あなたは珠魅でしょ? 珠魅のことは結構知ってるんだよ」
「そうだが……。変わった奴だな。俺は瑠璃だ。よろしく」

 胸元に埋め込まれている宝石は、まさに瑠璃自身の命の証。それは「核」という。はじめて珠魅を生で見た。瑠璃の胸元の核であるラピスラズリにはきめ細やかな傷があった。磨いてあげたいな、と思ったが珠魅の核は脆い。アレックスが、核が傷つくのは、命が傷つくのと同じだといっていたのを思い出して、恐ろしくてすぐさまその考えをやめた。

「それじゃあ、まずは聞き込みをしよ! ドミナではぐれたの?」
「恐らく。ドミナではぐれたことに気付いたんだ。……恩に着る」
「いえいえ」

 こちらも暇を持て余していたところだ、ちょうどいい。は歩き出した。取り残された瑠璃は、暫く手首に残るの感触にぼうっとしていたが、少し先から聞こえてくる「はやくー」と言う間延びしたの声にはっと意識を取り戻し、急いで駆け出した。

 不思議な女――これが瑠璃の、の第一印象だった。珠魅とかかわれば不幸になるというのに。という言葉は、胸に閉まっておく。