宝石店に勤める彼女



夢を見た。


あたり一面 キラキラ輝く宝石で満たされて


とっても綺麗な世界なのに


わたしはその世界の中心で泣いていた。


ただ 悲しくて仕方なかった。


それが何故だかは わからないけど


やがてわたしは


石になった。







***

 目が覚めたら、明るすぎる太陽の光が一条、丁度の顔に射していて、思わずぎゅっと目を瞑る。瞼の裏がちかちかしてなんだか不快な気分だ。少し身を捩り、太陽光が目に入らないようにして、 もう一度目を開ける。大きなあくびを一つすると、のそのそと下の階へ降りていく。降りた先のリビングでカレンダーを確認する。

「今日は……えっと、ドリアードだから。10時からだね」

 カレンダーに記された宝石マークを見て顔を綻ばせてキッチンへ向かう。魔法都市ジオの宝石店で働くは、実は、思いを寄せている男性が居た。名はアレックス。宝石店の店長であり、宝石研究家でもある。栗色の髪の一つに結った眼鏡の優男で、顔が端整である上に、性格も良いと言うまさに完璧な男だった。
 しかしは、彼と関係をもとうなんてことは考えていない。ただ、これから先も一緒の職場で一緒に笑いあえたらいいと思っているだけだった。 勿論、関係を持てたらこの上ない幸せだろうが。
 簡単に朝食を済まし、今日もアレックスのいる宝石店へ向かった。

***

「おはようございます」

 魔法都市ジオの目抜き通りに面している宝石店『ウェンデルの秘宝』の扉を開けると、カウンターに座り真剣な顔で宝石を磨いているこの店の店長、アレックスが真っ先に目が入った。きゅん、と締め付けられる心臓。
 毎日彼の姿に、ドキドキしてしまう。重症だなあ、と自覚している。の声に気づいたアレックスが顔を上げて、あ。と少し驚いたような顔をする。

「おはようございます。気づきませんでした」
「そんなんじゃ泥棒に入られちゃいますよ?」

 悪戯っぽく微笑むと、アレックスが神妙な顔をして、確かに。と頷いた。

「気をつけなきゃいけませんね」
「ふふふっ、そんな、真剣にならないでくださいよ。でもわたしがいる間はわたしがしっかり見張ってるんで、安心しててください」
「それは頼もしいですね。では、四六時中さんにここに居て欲しいですね」

 いつもと変わらない穏やかな笑顔のまま、大胆な発言をした。は顔が真っ赤になった。目を見開き、何度もまばたきをして、この人は何を言っているんだ。と真剣に考える。
 いままでもこういうことがあった。突然大胆なことを、平気な顔して言うのだ。そのたび、心臓が壊れそうになるのだ。何の気もないくせに、そういうことを言わないで欲しい。とは思うが、その一言にとても喜んでしまうのも事実だ。

「ア……アレックスさんのためなら、いつでもいますけどね!」

 顔が赤いまま言うと、アレックスがきょとんとした顔をしたが、やがてにっこり笑った。

「ありがたいですね。では、ずっと一緒に居てもらおうかな」
「ほほほほんとですか!?」
「ふふふ、そんなに驚かないでください。冗談ですよ」
「あ、そ、そうですよね……」

 あからさまにがっくりと肩を下ろし、表情を暗くした。彼女は常に、彼の一言一言に一喜一憂している。こんな日々を毎日送っている。充実していると言えば、充実している。

「そういえば、今日夢見たんですよ」

 この自分的には重い空気を変えるために、が笑顔を無理矢理浮かべて、話を変えた。近くにある手ごろな宝石を手にして、宝石磨き専用の布を取り、磨き始める。

「どんな夢だったんですか?」
「ええと、なんか、不思議な夢だった気がします。悲しい夢だった気もします」
「……つまり、あまり内容は覚えてないと」
「そ、そういうことですね。あはは!」

 乾いた笑い声を上げる。

「でも、1つ覚えていることがあります」
「なんですか?」
「石になった、ってことです」

 アレックスの顔が歪んだ。そのことに気づかないまま、は「ありえないですよね」と続ける。

「『珠魅のために涙する者、全て石と化す』―――さん。気をつけてくださいね」
「アレックスさん……?」

 真剣な顔で忠告するアレックスに、不思議そうに名前を呼ぶ。途端、ハッとしたようにアレックスが笑顔を取り戻した。

「なんでもありません。さあ、仕事を始めましょうか。」

 少し不安になりつつも、も笑顔を取り戻し、はい。と大きく頷いた。夢なんて関係ない。この幸せな日常の一部でしかないんだから。