「……そんなこと、できない。瑠璃くんの気持ちを利用する、なんてこと、できないよ」

 ――そうだ、いつかわたしは絶対に瑠璃くんを傷つける。ちょっとでも揺らいだわたしは本当に失礼だ。瑠璃くんに対しても、そして、アレクさんに対しても。けれども、今瑠璃くんの言葉を真に受けて、楽なほうへ楽なほうへ流れていったら、その先には何が待っているのだろう。きっとその未来は、わたしのためでも、瑠璃くんのためでもないはずだ。
 は頭を振る。

「だから、わたしのことには構わないで。わたしなら大丈夫」

 重ねられていた手を丁寧に退ければ瑠璃は少し悲しそうな顔をする。

「でも、、おれはが好きだ。ずっと、そばでのことを守りたい」
「わたしは、どれだけ周りから惨めだと思われても、やっぱりアレクサンドルが好き。この気持ちにやっぱり嘘はつけないよ。“いつか”はケリをつけなきゃいけない気持ちでも、でもそれは“いま”じゃない」

 ぽろぽろと零れる涙。もう何度目だろうか、アレクサンドルのことで涙を流すのは。瑠璃のことが好きだったらどれだけ幸せなんだろう。きっとこんな涙は流さないで、笑顔で溢れる毎日のはずだ。けれども、好きになる人は選べない。

「そうだな、きっといまじゃない。でもおれはいつかがおれのことを好きになってくれるって信じてる」

 瑠璃はいつも通り淡々としゃべり続ける。

「誰が誰を好きになろうと自由だ。がアレクサンドルを好きなのだって、おれがを好きなのだって、自由だ。だから、のことはずっと好きなままだ。つまり、おれはのことを諦めない。も知っての通り、おれは結構しつこいし頑固だぞ」

 しつこいし頑固、その言葉に思わずは吹き出してしまった。そのことにより、さっきまでの雰囲気が一気に払拭された。涙を流しながらは笑い出す。

「……は笑顔が一番だな」
「瑠璃くんったらキザだね」
「キザ……? そういうつもりで言ったわけじゃないんだがな」

 瑠璃は恥ずかしそうに視線を逸らした。

「でも確かに瑠璃くんはしつこいし、頑固だね」
「……自分で言っておいてなんだが、から言われるとなんだか傷つくな」



君の為なら百年だって



「じゃあ瑠璃くんフラれちゃったんだ」
「……フラれたわけじゃないぜ」

 エメロードのストレートな物言いに、瑠璃の核にぐさっとナイフが刺さったように痛んだ。思わず自分の核を見たが、の涙のおかげで傷ひとつないままであった。

「でもちゃんのアレクサンドルへの気持ちって、相当強そうだけどなー」
「それはわかっている」
「でも瑠璃くんのことはちゃんもよく知っているわけだし、二度と現れない人をずっと待つ中で、瑠璃くんに気持ちが傾く瞬間って、きっと何度もあると思うよ? 諦めないでファイト!」

 煌きの都市に最近オープンしたカフェで、瑠璃とエメロードはお茶をしている。エメロードはが騎士を務めていたこともあるし、多少なりとものことは知ってるからエメロードに相談を持ち掛けた。結果として、彼女の意見は遠慮がないためストレートで耳が痛いが、かなり的確でありがたい。

「……また、相談してもいいか?」
「お安い御用よ! でも真珠ちゃんに聞いたほうが良いんじゃないの?」
「なんというか、真珠に聞くのは気恥ずかしくてな。妹に相談するみたいなそんな気分だ」
「そうなのー? 私は姉さんたちに相談しちゃうけどなあ」
「同性同士と異性同士だとまたちょっと違うんだろうぜ」
「相談料は、ここを奢りってことで」
「安いもんだな」
「すみませーん! ショートケーキ追加で!」
「……こういうやり手なところも、相談相手として見込んでるところだ」
「てへへ」

 真珠は良くも悪くも純粋無垢で、したたかさを持っていない。そういうところが瑠璃は好きだ。けれども恋愛相談相手としては不向きだ。

「でも瑠璃くんの優しいところって、武器だと思うよ」
「……そりゃどうも」
「優しいけど、弱ってるときに優しくされて、気持ちがどんどんと募っていくとね、ある時ふと我に返る瞬間があるの」
「ほう」
「この気持ちは本物なのかなって。ただ弱っていて、優しくされたから好きだと錯覚したのかなって、さ。自分の気持ちを俯瞰して見ちゃうんだよね。でもその答えって、多分時間が経たないと分からないと思うんだ」

 エメロードが急に恋愛マスターのように深いことを言うものだから、瑠璃は思わず聞き入る。

「時間が経って、振り返った時に、これでよかったんだ。って思うか、やっぱり好きではなかったんだ、錯覚だったんだ。って思うか。ちゃんの場合、結局アレクさんが好きだった! ってなる可能性も、ゼロではないからね」

 ああ、やっぱりエメロードの意見は鋭利だ。