気まずいっていうのは多分こういうことだろう。

「おは……っと。」

おはよう、と声をかけようと思えば、乱馬は目をまんまるに見開いてばっと向きを変えて
すたすた違う方向へいっていしまう。

「お風呂もう……っと。」

お風呂もういい？と聞こうと思えば、乱馬は顔を一瞬にして真っ赤にして走り去っていく。
はっきりいって、気まずい原因は乱馬にのみある。はなるべくいつも通りにしようと思っているのに。
はあ、とため息をついた時には、乱馬の姿は風とともに消え去っていた。

（……なんでこう、もう。男ならはっきりしてよ。キスしようとしといてさ……あれはなんだったの？）

キスをしようとするってことは、つまりそういうこと。とは考えたのだが、彼にとっては違ったのだろうか。
もやもやとする気持ちが日に日に強くなっていく。

「……あっ。」

いいこと思いついた。水をかぶって男になれば少しは話をしてくれるんじゃないか。
そうと決まれば、即実行。庭のホースへ急いだ。
蛇口をひねって頭から水をかぶる。……少し、冷たい。けれど姿は男そのものに変身した。

「あ。あ。よーし。」

低くなった自分の声を確認し、頭を振って水を切って、家の中に戻って乱馬の姿を探す。
先ほどこの廊下ですれ違って、向こうへ走って行ったから……廊下の突き当たりには階段がある。
差し詰め自分の部屋にでも戻ったのだろう。
階段を上って乱馬の部屋をのぞくと、案の定乱馬が部屋の真ん中でちょこんと座っていた。

「らーんま？」
「！！！！」

言葉も出ない、といった顔だ。
どうやら男のでもダメみたいだ。これは重症だ。

「これでもだめ？」

いつもの口調で喋れば、とてもおかまみたいに聞こえたので「だめかな。」と少し言い直す。

「……だめ、っていうか、」

正座のまま口ごもる乱馬はなんというか、可愛い。

「今からお風呂入ってくるから、上がったら話聞いてもらっていい？」

どうせなら女の姿にもどってから話がしたい。乱馬はおう、とちいさく言ってうなづいた。
お風呂場へ駆けこんで、いつもよりも少し丹念に身体を洗う。別に何かないかとか期待してるわけではなく、
（そりゃあ、頭の隅くらいにはあるけれど。）
やっぱり、自分の想いを伝えるときはいつもよりも綺麗な自分を見てほしいから。

湯船につかって、ふう、と息をついた。なんていおうかな。
なんていえば、この気持ちを、真っ直ぐに伝えられる言葉がいまいち思い浮かばない。
らんまと一緒にいたい、らんまのことばっか考えちゃう、らんまのこと、

「好き。んー……。」

結局、この言葉が一番伝わるのかな。
うんこれだな。自分に言い聞かせて湯船から出る。




「っうわ！！」

脱衣所を出たところでは可愛げのない悲鳴を上げる。
乱馬が正座して待ち構えていたからだ。
髪も乾かして気持ちも整えて完全な状態で行こうと思ったのに、
髪をタオルで乾かしながら、鼻歌を歌いながらのところを見られてしまった。

「ら、ら、乱馬、なんでそんなところに。」
「、俺、決めたぜ。」

すっと立ち上がった乱馬。

「は、はい。」
「あのときは流れでしちまったけど、でも、俺、ちゃんと、ちゃんと？のこと、好きだからそういうことしたんだ。」
「………はあ。」

だめだ、勢いに負けた。なんていえばいいかわからないけど、でも、乱馬はもしかして
好き　といってくれているのだろうか。そんなのわかってるくせに、と言わんばかり、どきどき、心臓が早く動く。

「乱馬、わたし、乱馬のこと、好きだよ。」
「ほ、ほんとか？！」
「うん、こんな嘘言わないよ。」

お風呂上がりだからか、緊張してるからか、身体が火照る。
それがばれないように淡々と言葉を紡ぐ。

「俺、水かぶると女になるぞ！？」
「わたしも、水かぶると男になるよ。」
「俺でいいのか、本当に、いいのか？」

おずおずと尋ねる乱馬に、は口をきゅっと結び、無言でうなづく。
だめだ、泣きそうだ、泣いちゃだめだ。

「乱馬がいい、です。」
「……。じゃあ、手、握っていいか……？」
「う、うん！」

乱馬の手がゆっくりとの手へと伸びる。そして触れる。手と手が触れ合っただけなのに、なんでこんなに
緊張するのだろう。指一本一本がいつもよりも神経が集中しているみたいだ。

「あったっけえな……。」
「お風呂上がりだからね……。」
「ん。」
「……あれ。」

ふと視線をあげたら、肩越しにあかねと目があった。団子のようにこの家の住民の頭が仲良く連なっている。

「ん？……なっ！」

振り返った乱馬も気付いた。住民たちはみんなしてにまにまとしていて、さっと青ざめる。
どこからだ、どこから見られていたんだ。

「ひゅー。」

なびきがからかうように言った。

「ねえ、どこからみてた？」
「ぜーんぶ。乱馬くんが正座してる所から、ぜーんぶよ。」

あかねがいたずらっぽく笑いながら言う。もはやそこからか。

「これはもう、気配に気づかなかった乱馬がいけない。」

はため息をつく。
乱馬は俺のせい！？といわんばかりの非難の顔で振り返った。

「修行が足りんな、乱馬。」
「るせぇ親父！」
「お幸せにねーちゃん、乱馬くん。」

呑気そうに祝してくれたかすみに、はうれしそうに頷いた。



それからのこと