誰も知らない。
「。」
結界を厳重に張り巡らせた誰もいない、布団しかないこの小屋で、わたしたちは逢瀬をしている。
服を丁寧に脱がされたわたしは、白く細いが、だが程よく筋肉を纏っている奈落に抱き締められ、切ない気持ちになった。
「……やっぱりこんなのだめだよ。」
彼との逢瀬で何度となく思ったこと。
抱き締められると存在を傍に感じ、なぜか急に淋しくなる。
涙があふれてきて、それは止まることなくただただ流れ続ける。
「何がだ?」
奈落はわたしの涙を舐めた。
野性的な行為でありながら色っぽさがあった。
「わたしは、犬夜叉たちの仲間で…あなたはわたしの敵。」
「違わないな。」
「こんなの誰も認めてくれないよ。」
「誰が認めずとも肝心なはわしたちの気持ちであろう?」
「好きだけじゃどうにもならないことだってあるわ。」
わたしたちが愛し合っていることにメリットは何もない。
奈落がわたしを好きだからといって、四魂の玉を使い完全な妖怪になることを諦めるわけじゃない。
犬夜叉たちにとって敵であることは変わらない。
わたしが奈落を好きだからといって、犬夜叉たちと旅をやめるつもりはない。
つまり敵同士であることはかえられないのだ。
お互いがお互いに譲れない信念を抱いている。
しかし二人は愛し合っているし、それをやめようとはしない。否、やめたくともやめられないのだ。
「わしがお前をこのまま連れ去り、仕方がなくという形でわしの傍にいるのは嫌なのだろう?」
「……わたしは犬夜叉たちの仲間だから、仕方なくって偽ってお傍にいるのは裏切りだもの。」
こうして逢瀬をしているのだって裏切りなんだけどね、とわたしは付け加え、すこし笑う。自嘲の色が交じってしまった。
「殺せ、と命じられれば殺すのか?」
「殺さなきゃいけない……でも、わかんない。」
その場面を想像してぞっとした。
わたしが奈落を殺す…それがどれほど悲しく、恐ろしいことなのかが容易に想像がつくのだ。
想像しただけでこんなに悲しいのだから、実際にそんなことになったらわたしはわたしでいられるのだろうか?
それならばいっそ、殺されたい。
「奈落はわたしを殺す?」
「どうだろうな。」
「……ねえ、半妖でいいじゃない。わたし、いまの奈落が好きよ。」
「それは聞けぬ相談だ。」
「辛い、ね。」
こんなに辛いなら、好きになりたくなかった。
出会いたくなかった。
「出会いを悔いているのか。」
「正直。」
でも奈落を好きにならなかったら、いま奈落と裸で抱き合うこともなかったし、
身を焦がすほど誰かを好きになることもなかった。
「はじめて本気で好きになったのが奈落なの。」
「わしもだ。まさかこの奈落が人間の小娘を好きになるとは、な。」
そういって奈落はわたしの髪に指を通して梳かす。
「どうして敵同士なんだろうね。」
「そういう運命なのだろう。」
「ねえ、幸せになれないのかな?」
「さあな。」
「最終的にどちらかが死んじゃうことが明白に判ってる恋愛ほど悲しいものはないね。」
「だけは助けてやる。」
「わたしはあなたを救えないよ。」
「わしは負けるつもりはない。」
わたしの髪をとかしていた手が頬に添えられた。手は冷たかった。
「仮にわたしだけを助けてくれたとしても、一生罪悪感に苛まれながら生きていく気がする。自殺しちゃうかも。」
苦笑いをするしかなかった。苦楽をともにした旅の仲間が、実は敵と恋人同士だったなんて冒涜以外なんでもない。
「死なせない。」
「でも辛すぎるよ。」
「わしにはわからぬな。」
そういってわたしのおでこにキスをした。
「……もう会いたくないなぁ。」
「そうだな。」
そういいながらもわたしたちはまた会い、体を重ね、体温を感じ、愛を確かめあう。
お互いが存在するためには必要なのだ、お互いが。
誰も知らない逢瀬。
誰も知らない夜。