奈落を、四魂の玉をこの世から葬り去り、何年経っただろうか。は完全な妖怪となり、かつてがそうであったように、今は村の護りを請け負っていた。 今や立派に妖怪退治屋として活躍している琥珀の手伝いもしていて、妖怪でありながら妖怪を倒す、へんてこな妖怪となっている。最近妖怪の中でも噂になっているらしく、昔はと呼ばれることが多かったが、徐々にの名前が出てくるようになってきた。 弥勒とは、旅をしていた時よりも近い関係になった。所謂恋人と言うものだ。しかし、妖怪と人間とでは年を取る速さが違うため、は見た目が変わらないままだが、弥勒はよりも早く老いていく。そんな弥勒を愛おしくも思うし、切なくも思う。 弥勒は確実によりも早くいなくなる。そうしたらはひとりだ。人生の中で、弥勒がいない時間のほうがきっと長くなってしまうだろう。では、犬夜叉と共に生きていくべきなのだろうか。彼ならば同じスピードで生きていける。最近はそんなことばかり考えてしまい、は自己嫌悪に陥るのだった。 そんなある雪でも降りそうなくらい冷え切った冬の日、山でとった山菜や楓が育てている野菜の鍋を食べたのち、食後のお茶を飲んでいると、 「、話がある」 と、神妙な面持ちをしている弥勒から切り出された。こういう話の切り出し方は、大抵悪い話だから、の心臓は握られたかのように締め付けられる。 「なに? で、しょうか」 なぜか最後に敬語が混じり、変な言葉を発してしまう。 「私はを愛しています」 「はぁ。どうも」 急にそんなことを言われてどきっとするものの、ただに対して愛を囁きたいだけではあるまい。いまいち何が言いたいのかの要領を得なくて、ぼんやりとした返事をする。 「、夫婦になりませんか」 「……え?」 想定していた悪い話ではなく、なんなら今、プロポーズをされたような気がする。突然の言葉に、面食らったような顔をになる。 「私と祝言をあげましょう」 気のせいではない、弥勒はに求婚をしたのだ。けれどは素直に喜ぶことが出来なくて、それが辛くて、なんだか泣きたくなった。 「―――ありがとう、弥勒。でも、わたし妖怪だよ、わたしは弥勒と一緒に老いていけないし、法師さまが妖怪と結婚なんて、良く思わない人だっていると思う……」 「それを承知の上で、私たちはともに生きているのではないのか」 そうだ、そのとおりだ。けれど、覚悟が足りないのだ。 「が妖怪だから何だというのだ、俺の命が尽きる最期の時までを愛し続ける。傍にいられなくても、俺の血を継いだ子を残すことだったらできる。妖怪と夫婦の法師。結構ではないか、顔も知らぬ誰かからどう思われるなんてことを気にする必要はない」 気が付いたらぽろぽろと涙が零れていた。なぜこんなに弥勒は、ほしい言葉をくれるのだろうか。夫婦になっていいのだろうか、弥勒と共にこれからも生きていいのだろうか。 弥勒はの隣にやってきて座り込むと、そっとの手を握る。 「共に生きていこう。運命的に出会って、重なった奇跡のようなこの時間を、共に過ごしたいのだ」 「……」 「お前が妖怪だとか、そんなことはどうでもいい。俺は今目の前にいる、と夫婦になりたいのだ」 「ほんとにいいの……?」 「そんなに疑うならば、分かってくれるまで何度でも言わないとな」 ふっと笑みを浮かべる弥勒はとても妖艶だった。結局は、この男が好きなのだと改めて思い知る。その気持ちに逆らうことも、抗うことも、できない。 「、俺と夫婦になってくれ。そして俺の子を産んではくれぬか」 「……ふふ、ついに言われた」 “私の子を産んではくれぬか”。誰かに言うことは何度も聞いていたが、に言われたことは一度もなかったが、このタイミングで言われて思わず笑ってしまった。 「よろしくお願いします」 が微笑めば、弥勒は手を離して膝立ちになりとの距離を詰めると、そっとの背中に腕を回して抱きしめた。 急に肩の荷が下りたように、軽やかな気持ちになった。妖怪だろうが、法師だろうが、関係ない。は弥勒が好きで、弥勒はが好きで、時間を共にしたいと思っている。それがすべてなのだ。 「弥勒、大好きだよ」 死が二人を別つその時まで、彼と共に生きたい。例え周りに何と言われようと、彼とならば乗り越えていける。そんな気がした。 死が二人を別つまで (2020.12.29) |