「私が、好きなの?」

 俺は強く頷いた。白い病室で、白い肌に白い入院着を着ている彼女はいかにもはかなげで、彼女の横ではためている白いカーテンはそれに拍車をかけていた。

「めずらしい人。どうして?」
「ずっと、見てたんだ。あなたが入院するずっと昔から」

 別に目立つタイプでもなく、目を引く何かがあるわけでもない、普通で、少し儚げな彼女のことが、俺はもうずいぶん前から好きだった。どこが、と言われれば、少し考えた末、わからない。と答えるだろう。彼女という存在が、好きだとでもいうのか。適当な言葉が思い浮かばなかった。

「めずらしい人」

 彼女はもう一度繰り返した。それから毎日彼女の病室に通った。ホームルームが終わり、学校が終わると、
自転車を転がして一目散に病院に向かい、彼女に今日の出来事を話す。彼女はそれを、楽しそうに、時折悲しそうに聞いていた。
 だが彼女はあの日の告白の返事をいつまで経ってもしなかった。俺はもどかしくて、とうとう切りだした。

「このまえの俺の告白を覚えているか?」

 丸いすに腰掛けて、俺は彼女の顔をのぞいた。相変わらず白くてはかなげだった。

「弥勒が、私のことを、好き、ってことでしょ?」
「そう」

 俺は頷いた。

「もちろん覚えてるよ」

 微笑んだ彼女があまりに痛々しかった。随分と生気を感じさせない笑みだった。

「返事、くれないのか?」
「……返事ならもう考えてるわ。でも、これを伝えるのは、クリスマスイブの日に決めてるの。それともそれまでに飽きちゃってる?」
「飽きるわけないだろ」

 なんだか俺の思いを軽く思われたようでカチンときたので、少し怒気を含めた言い方になってしまった。このとき彼女は、もうくるべく運命を知っていたのか。だから日付を三ヶ月後に設定したのか。それは今でもわからない。

「そんな怒らないでよ」
「……別に怒ってなんて」

 彼女が面白そうにくすくすと笑った。

「ただ知っててほしいの」
「うん」
「私の気持ちはもう、決まってるの。それだけは知っていて」

 わかった。と俺は深いことを考えずに頷いた。

 結局彼女はクリスマスイブを目前に死んでしまった。 医師からは、今年の雪は見れないでしょう、と言われていたらしい。彼女の遺品を片付けているとき、彼女の母親が机から一枚の手紙を見つけたらしく、それを俺に渡した。彼女が死んだ次の日のことだった。雪がちらほらと天から舞い落ちる寒い日だった。

“これを見てるっていうことは、やっぱり私は今年の雪を見れないってことだね。見たかったなあーなんて、無理なことだけどね。
 さて、肝心のお返事だけどね、私も弥勒のこと好きだよ。実は私も昔から好きでね、あなた結構私のこと見ていたでしょ? その視線に気付いてから、意識しちゃって、気付いたら恋に落ちてた。すぐに返事できなくてごめんね、自分の死期を知っていたから、言えなかったの。でも私はもう死んでしまったわ。この手紙を読んだからといって、縛られることはないよ。ただ、私はあなたのことが好きだったってことだけ知っておいてほしかったの。あなたと私は、確かに同じ時を過ごして、同じ気持ちだった、それを覚えていて。
 好きだよ、弥勒。”

 何も感想を抱かずに、ただ涙を零して手紙にしみをつくっていく。震える、か細い文字の羅列がいとおしくて、
文字を書く彼女の力の入らない手を握ってあげたくて、彼女を失った心の隙間がどうにもならないと感じて、
俺はただただ泣いた。
 あれから何度か他の女性と付き合ったが、いつも思い出すのは彼女のこと。白い病室に、白い肌のはかなげな彼女。触れたら壊れてしまいそうな笑顔。
 今ごろどこにいるだろうか。まだ空で俺のことを見守ってくれているか。それとも新しい誰かに生まれわかっているだろうか。どちらにしろ、俺は今でも彼女を愛している。