黒髪を一つに束ねたちょっとおっとりした男の子。名前は。そしてのすぐ後ろで隠れるように身を潜めている、父のお手製の縫い目の荒い、つぎはぎだらけのスライムのぬいぐるみを握りしめた銀髪の頼りなさそうな男の子。名前は。二人は兄弟だった。そしてその二人をやさしく見守る口ひげを生やした二人の父親、名前はパパス。 「おとうさん……びょうきって、なあに?」 の目の前の、の目の前のダンカンがとても辛そうな様子で寝込んでいるため、その特異な様子に怖くなったが振り返り、今にも泣きそうな顔で問うたのだった。 ダンカンはアルカパの村の宿屋を営む男で、その娘がビアンカという、たちよりも年上の女の子だ。女の子はやはり強くて、何喰わぬ顔で「ったらビョウキを知らないのね?」と得意げな顔だ。 「うむ、病気とはな、身体の中にバイキンは入ってつらい思いをしてることなんだ」 「こわい……」 ボロボロのスライムのぬいぐるみを両手でぎゅっと抱きしめて、ダンカンが視界から見えなくなるように完全にの後ろに隠れた。 「、、散歩に行っておいで」 見かねたパパスがしゃがみこみ、二人に語り掛けた。 「、を頼むよ」 「うん、おとうさん」 はゆっくり頷いて、振り返り、の陰に隠れていたの服の裾をくいくいと引っ張って、「いこう?」と微笑んだ。は必死に何度も頷いてと二人駆けだした。 「まって、お散歩に行くの? わたしも付き合うわ!」 嬉しそうな顔でビアンカがたちを追ってパパスの横を通り抜けていった。 Memory of Brother エピソード レヌール城 「ここに住んでるからわたしが案内するわ」 宿屋を上機嫌に出て、たちの少し先をこちらを振り返りながら歩きビアンカは言った。ビアンカのアルカパの村の案内を聞いているうちにの気分もだんだん取り戻してきて、の後ろに隠れるようにいたのが、ついにはの隣までやってきた。 「、楽しい?」 「うん……!」 の問いに、が本当に楽しそうに頷くのであった。前を行き、得意げに町を案内するビアンカもつられて嬉しくなり、「よかった」と言った。 「あら見て、猫ちゃん。……いじめられてるわ」 町の少年たちが、黄色と赤と言う派手な毛並みの猫を苛めている。 「ちょっと! やめなさいよ!!」 高いところで結っている二つの三つ編みを勝気に揺らしながら少年たちに向かっていく。 「ビアンカじゃん。ぼくが飼ってるんだから、勝手だろ!」 「生き物を苛めるなんてサイテーよ!」 「ビアンカには関係ないだろ!」 「それならあたしが飼うわ!」 ヒートアップする喧嘩をおろおろと見守ると。 「じゃあレヌール城のおばけを退治して来いよ! そしたらこいつをお前にやる!」 「言ったわね! 見てなさい、今に退治してくるんだから!」 売り言葉に買い言葉。ビアンカが啖呵を切ると、ぷりぷりと怒りながら「行きましょ!」と立ち去っていった。が慌ててついていき、そのあとにが続く。 「ほんとうにあげちゃうの?」 「どーせおばけなんて退治できないんだから」 なんていう会話が聞こえて、は思わず足を止めてくるりと振り返る。少年たちはまた先ほどと同じように猫をいじめていて、は悲しい気持ちになる。 (たすけないと……) スライムのぬいぐるみをきゅっと握りしめ、の後に続いた。 +++ 「ほんとうにやるの?」 の言葉に、ビアンカは目をまん丸に見開いた。 「もちろんよ! なあに、怖いの?」 ビアンカと今夜、レヌール城のお化け退治に行くことになっていた。宿屋の中庭にてとで池で水きりで遊んでいた時に、ビアンカがやってきて念押ししたのだった。 もともとは国家だったレヌール城。国王のエリックと王妃のソフィアの間に子供ができず、国民も城を離れてしまったために滅亡してしまい、城には誰もいなくなり、最後には国家も滅亡したらしい。ビアンカ曰く、夜中に王妃のすすり泣く声が聞こえるという。アルカパでは幽霊の出るところとして、近づくものは殆どいないらしい。 「そういうわけじゃ……」 「お兄ちゃん、おばけ退治しよ」 「、怖くないの? お兄ちゃんだけで行ってくることもできる」 「怖いけど、あの猫たすけたい……」 行くのをためらう理由に怖いのは勿論あるが、それよりもこのが心配であった。怖がりなこの弟がおばけの城なんて耐えられるわけないと思っている。だからと言って置いていくわけにもいかない。なぜなら一人でベッドで寝られないからだ。かといってだけ行ってパパスと一緒に寝るようにすれば、それはそれでパパスが怪しむだろう。 そんな怖がりがまさかおばけ退治を名乗り出るとは正直驚いたし、弟の勇気に感動もした。 「……わかった。お兄ちゃんから絶対離れちゃだめだよ?」 「うん……!」 「そうと決まったら今夜迎えに行くから、起きててね? それじゃあ今日は早く寝ましょう。おやすみなさい!」 高いところで結んだ二つの三つ編みを上機嫌に揺らしながら中庭から出ていった宿屋の娘の後姿を見守り、とは目を合わせた。 「ほんとにだいじょうぶ?」 「だいじょうぶ。スラリンがいるし」 が大事そうに父手製のスライムのぬいぐるみを撫でて、にこっと微笑んだ。 +++ 夜も深まり、父がイビキをかきだしたころにぎぃっと、ゆっくり扉が開いた。月明かりが差し込んで、扉を開けたもののシルエットをかたどる。勝気そうな三つ編みはとのベッドに近づいて、起きてる? と声をかける。とは起き上がると、静かに部屋を出て早速レヌール城へと旅立った。心配だっただが、少し不安そうだが何とか大丈夫そうだ。いざとなれば弟と、そして女の子のビアンカも守らねばならないので自然と気が引き締まる。 「夜は結構魔物も寝てるのね、わたし達人間と一緒だわ」 すやすや眠っているスライムを横目にビアンカは言った。ビアンカは魔物と戦ったことなんてないはずなのに、持ってきた、くだものナイフとおなべのふたで立派に応戦する。女の子は男の子よりも断然強い、なんて言うが、どうやら本当らしい。 「スラリンだ」 は常にのマントの裾を掴みながら歩くが、時たま寝ているスライムを見てはそれらを指さして嬉しそうに微笑んだ。スラリンと言うのは、パパスお手製のスライム人形のことだ。からすると、スライム人形はもはやつぎはぎだらけでスライムのゾンビのような様相なのであまり可愛くは思えないのだが、からするともはや体の一部くらいの存在だ。パパスには申し訳ないが、本物のスライムのほうが断然かわいい。 「スラリンは寝ているから、起こしちゃだめだからね」 「はあい」 暫くビアンカの案内で歩き詰めたところ、ついにレヌール城にやってきた。想像していたよりも鬱蒼としていて、はレヌール城を目の前にして、ごくりと生唾を呑んだ。 「ぼく……こわい」 の大きな瞳がうるうると涙で滲み、今にも零れてしまいそうだった。が心配していた通りになり、どうしようかと思案する。戻ったらビアンカが怒るだろう。かといって連れて行ったら、の精神が崩壊してしまうかもしれない。 「大丈夫よ、男の子でしょ?」 「う……」 「それに、あの猫ちゃんが可哀想じゃないの?」 「うん……助けたい」 ビアンカが両手を腰に置いてぷりぷりと言う。はの陰に隠れる。けれどもの中の正義の心が、猫を助けるんだと言っているらしい。ビアンカの言葉に力強くうなづいた。 長い夜のはじまりだった。 |