ルドマン邸で行われた立食パーティは多少ぎこちなくはあるが、それでもある程度年を重ねた大人たちではあるので表面上は非常に穏やかであった。勿体ないくらいの御馳走の数々に、色とりどりのカクテル。こんなパーティはも初めてであった。
 ルドマン、夫人、フローラ。そして、ビアンカ、。それにルドマンの知人のような者たちも参加していた。きっと富豪仲間だな、とは思い、に耳打ちをすれば「富豪仲間ってなんだよ」と苦笑いをされた。
 パーティに黒薔薇の姿はなかった。は気にかけつつも、今はたちのほうが気になっていたので、その動向を伺っていた。




薔薇の髪飾りを




「やあやあ君、君、ビアンカさん。楽しんでいるかね」

 三人でテーブルで固まっていると、ルドマンがやってきて陽気に尋ねる。

「おかげさまで。こんな盛大なパーティを開いていただきありがとうございます」
「はっはっは。未来の婿殿の為ならこれくらい! もうフローラとは話したかね?」
「いえ、まだです」
「ならぜひ行ってやってくれ。きっとあの子も待っているはずだ」
「はい。伺わせていただきます」

 ちらっとはビアンカを見つつ、頭を下げてフローラのもとへと向かっていく。残されたとビアンカ、そしてルドマン。は何を話そうかと頭を巡らせると、その間にルドマンが口火を切った。

「時にビアンカさん。いい人はいないのかね?」

 ルドマンの問いかけに、ビアンカは苦笑いを浮かべ首を横に振る。

「残念なことに。父も心配しているのですが」
「ほう。ビアンカさんほどの女性、男どもが放っておかなそうだが。くんはどうなんだね?」
「それが、ぼくはいつでも待っているんですけどね、ビアンカさんが相手にしてくれないんです」
「はっはっは。そうなのかビアンカ?」

 ルドマンもさり気なく探りを入れているのだろう。それはそうだ。我が娘の婿候補が、美人な女を連れてきたというのだ。一大事だろう。

「ふふ、くんってばいつもこの調子なんです。お調子者って言うか」
「それがまた彼の良さだな。キミならわしのもう一人の娘も扱いきれるかもしれない。どうかね?」

 ルドマンの言葉に黒薔薇の姿が瞬時に浮かんだ。

「正直なところ、わしはフローラよりもあの子のほうが心配なんだ。誰に似たのだが、少々勝気なところがあって…………」

 本当に彼女のことが気がかりなのだろう。この後もルドマンはひたすら黒薔薇の話をしたが、は正直上の空であった。

(黒薔薇……今日は屋敷にいるのか?)

 ちらりと階段のほうに目を向ければ、頭に思い浮かべていた女性が階段を上っているところであった。気付いたらは手に持っていたカクテルをテーブルに置いて、走り出していた。そんなに気づいた黒薔薇は、ちらっと振り返りに気づくとぎょっとした顔をして上るスピードを速めた。

「待て、黒薔薇!」
「ちょ、何よアンタ!」

 階段を登り切ったところで、は黒薔薇に追いつく。こんな不思議な衝動に駆られて走り出したのは初めてだったので、自分で自分に驚く。髪飾りの赤い薔薇が、今日も今日とて彼女のツンツンとした性格を表しているようだった。

「昨日、おれ潰れちまったみたいだな。すまん」
「折角このあたしとデートっていうのに、失礼ったらありゃしないわ」

 黒薔薇は腕を組み、眉根を寄せた。

「すまんすまん。なあ、下で行われてるパーティから逃げ出してきたんだ。助けてよ」
「……まあまあ美人な女と楽しそうに話してたじゃない」

 おや? と、は首をかしげる。もしかして、黒薔薇は……。

「やきもち?」
「は!? そんな訳ないでしょ!? バカなの!? 自分のいいように解釈しないでちょうだい! 大体なんであたしがやきもちなんてやくわけ!? 意味が分からないわ!」

 白い肌を朱に染めて、黒薔薇がまくしたてた。ここまで否定されるとかえって肯定しているように思えるのだが。は込み上げてきた笑みをそのまま遠慮なく零す。

「あんたムカつくわ。早く下に戻りなさい!」

 眉間のしわを益々深くしてそう言い放つと、黒薔薇はすたすたと歩いていき、自室へ向かっていく。

「ちょ、ついてこないでよ! 人を呼ぶわよ!?」
「お父様には、ぜひとも娘を貰ってほしいって言われたから大丈夫だと思うぜ」

 口は生意気だが、顔が真っ赤になっていて隠しきれていない。逃げようとする彼女の腕を掴んで引き留めて、ああ、可愛いなあ。素直にそんな感情を抱く。振りほどかれる顔思いきや、存外そんなことはなかった。

「前にも言ったけど、おれアンタに興味あるんだ」
「あたしは別にないわ」
「嘘つけよ」
「……一生ひとりで生きていくんでしょ?」

 黒薔薇がどうにも複雑そうな顔で振り返り聞くものだから、は不思議に思う。そんなこといったっけ? と記憶を辿るが、とくに記憶はない。酒を飲んだときだろうか。いずれにしろ―――

「そうだな。俺は一生ひとりでいい」

 でも、その人生に君がいたら、きっとひとりよりも楽しいんだろうね。そんな言葉を続けようとしたのだが、黒薔薇が驚いたような顔をしたので、言葉が喉の奥でつかえた。なんだよ、自分で聞いたくせして驚くのか。

「黒薔薇は、しもべがいればいいのか?」

 からかうように言えば、黒薔薇は腕を振り払ってずんずんと歩みを進めていく。ドアノブに手をかけて、振り返った彼女の顔はとても傷ついたような顔をしていた。

「アンタ、あたしに興味があるくせして、ひとりでいいのね」

 そのまま部屋に入り、鍵をかけた。何か気に障ることをしてしまったのだろうか。噛みつかれるのは予想できても、傷ついた顔をするとは思わなかった。
 扉をノックしても、声をかけても、部屋から何か反応が返ってくることはなかった。

「黒薔薇。おれはね、」

 聞いてても、聞いてなくても、どちらでもいい。先ほど噤んだ言葉の続きをかけたいと思った。

「俺は一生ひとりでもいいと思ってた。でも、そんな俺の一生に黒薔薇がいたら、おれ一人で生きるよりも楽しいんだろうな、って思ったんだ」

 できれば、聞いててほしいけれど。

「不思議だろ。兄貴以外がいる人生なんて想像もしたことなかった。黒薔薇とは少ししか関わったことがないし、名前だって知らない。でも黒薔薇のことに興味があるし、予想できそうで予想を超えてくるところが、なんとも面白い」

 下で行われているパーティなんてもはや頭になかった。

「……黒薔薇、聞こえてる? 聞こえてないか。じゃあな、おやすみ」

 扉に向かって話すのって、虚しいけどスラスラと思いが出てくるもんだな。なんて思いつつ、黒薔薇が入っていった部屋の扉の前から立ち去った。




「……なんなの、アイツ」

 部屋の中、扉に背を預けていた黒薔薇は、足音が遠のいたのを確認して、ずるずると座り込み呟いた。
 彼女の口角は、珍しく上がっていた。