はどこにいるだろう、と考えた時に真っ先に浮かんだのは宿屋の上に位置している酒場であった。飛び出していったあとの処理もそこそこに、ルドマン邸を出てきた。ビアンカと共に宿屋を取り、ビアンカは宿屋に残り、は酒場に向かった。酒場に入ると案の定、見慣れた後姿。であった。その隣にいるのは確かフローラの姉。姉がゆっくりと振り返り、の存在に気づいた。

「あっ、お姉さん。そこにいるのは、でしょうか……?」
「そうよ。このあたしと一緒にいるっていうのに今は寝てるわ」
「すみませんご迷惑をおかけして」

 を揺するが、は突っ伏したまま起きない。

「―――ねえ、あんた」
「あ、はい」
って、昔に何かあったわけ? 別に、興味があるとかじゃないからね」

 尋ねているというのに興味がないという、まるでちぐはぐのことを言っているのだが、はそこには目をつむり、ええ、まあ。と相槌を打つ。

、何か言ってたんですか」
「一生ひとりでいるとか、信じてないとか、さも当然かのように言って、普通じゃなかったわ」
「ああ……」

 お酒に呑まれて饒舌になったが言ったのだろう。

、人当たりがいいから結構女の子が寄ってくるんです。でもそのどの子も、遅かれ早かれから離れていく。まあ当然といえば当然です。特定の相手、というわけでもないですし、自身が“好き”という感情を誰に対しても抱いたことがなく、皆で仲良くやってるのが好きなだけですから。寄ってくる女の子は皆、最終的に自分だけを愛してくれる人のところへ行きます」

 もう、今は弟の世話焼いてる場合じゃないんだけどな。とは心の中でごちりつつ、傾聴しているフローラの姉に対し語り続ける。

「中には当てつけのようなことを言う人もいました。が自分のことを好きになってくれないからと言って、愛することを知らない可哀想な人。なんて言われていたり。それでいつの日かは思ったんでしょう。女の子はいずれ必ず自分のもとを去っていく。そんな存在と一生をともにすることなんてできない、と」
「ふうん……」

 深く考え込むように視線を落とした。姉は一体何を考えているのだろう。残念ながらはその表情から読み取ることはできなかった。

「ですから、一生ひとりでいるとか、信じてないとか、当然のように思っているんだと思います。何か気分を害するようなことを言っていましたら、すみません。ほら、起きろ」

 のことを大きく揺すると、はくぐもった声でんん、と唸る。

「あにき……スラリンどこいったんだぁ……」
「スラリンなら馬車にいるだろ、ほら。行こう。すみません、おいくらでしょうか」
「アンタらみたいなビンボー人に払ってもらう義理はないわ。行きなさい小魚たち」

 小魚たちとは、自分と弟のことだろうか。上気した顔で気持ちよさそうに瞳を閉じている弟を見て、やるせない気持ちになりつつも、ありがとうございます。と礼をして、のことをどうにかして背負い込んで、酒場をあとにした。




薔薇の髪飾りを


 

 半ば放り投げるようにしてをベッドに横たわらせた。一つ息をついて、も自分のベッドに腰掛けた。ビアンカは隣の部屋をとっている。この部屋の隣にビアンカがいる。そう思うと少し気持ちが高ぶった。しかしそんな自分の気持ちに、やはり自己嫌悪を覚える。

「どうすればいいんだ……」

 フローラ。ビアンカ。フローラの姉。。ぐるぐるとの頭の中を巡っていく。こうなってしまった原因はもちろん自分にあるわけだが、やはりこの後開かれる宴を思うと頭が痛い。まあ、なんとかなるだろう。なんて楽観的に考える性格だったらどれだけよいだろう。
 ちらり横で寝ている弟の顔を見れば、兄のそんな悩みなどはどこ吹く風、と言ったような顔で満足そうに寝ている。仮にが起きていたとしての心境を聞いたところで、「自業自得だろ」と鼻で笑ったに違いない。
 なんだかやるせない気持ちになってきた。やることもないのでもごろんと横になり、少し仮眠をとることにした。

+++

 ぼんやりと意識が戻り、天井が目に入る。辺りを見渡せば見慣れた紫色のターバンを巻いた青年が隣のベッドで寝息を立てている。ここはどこだ? 寝る前に何をしていたんだ? 寝起きで回転の鈍い頭を巡らせてようやく思い出した。

(黒薔薇と飲んでたんだ。おれってば潰れちゃったのか……情けねえ。疲れてたのかな)

 額を叩いて深くため息をついた。何をしゃべっていたのだろう、どうやってここまでやってきたのだろう。恐らくはが連れてきてくれたのだろう。
 そうだ―――反射的に体を起こす。そこに至るまでにルドマン邸でビアンカとフローラが対面して大変な空気になったんだ。は何とかやって退けたのだろうか。隣のベッドまで歩み寄り、ゆさゆさとを揺する。

「おい起きて」
「ん……」

 健やかな寝顔がゆがめられ、閉ざされていた瞳がゆっくりとあけられた。

、また迷惑かけちゃったみたいだな。ごめんね」
「……本気で反省してるのか」

 起き上がったが眉根を寄せて言った。

「おれはいつでも本気だよ兄貴」
「そ―――ああ! 、忘れてないよな? 今日、ルドマン邸で夜、パーティが開かれるって」
「ああ、そんなこといってたな。気が重い会が開催されるってわけだ。そういえばビアンカは?」
「隣の部屋にいるよ。そろそろ時間だし、行こうか」

 懐から懐中時計を出して時間を確認し、は顔を上げ言った。その言葉を合図にたちは部屋を出て、隣の部屋を控えめにノックする。はあい、と扉の奥から声が聞こえてきて、程なくしてビアンカが部屋から出てきた。パーティに向けてなのだろう、化粧を施したビアンカは、普段の化粧っ気のない彼女をいつも見ているせいもあるが、もとより美しいビアンカのその見慣れぬ姿は格段に美しかった。

「ちょっとお化粧してみたの。どうかな……?」

 は言葉が出なかった。

「うおー! ビアンカ姉さんめっちゃ綺麗!!」

 諸手を上げて喜ぶ。不安そうだったビアンカの顔がぱあっと明るくなり、ほんと? と問うた。

「もっちろん。おれはうそなんて言わないよ。今夜はおれがエスコートしますよ、ビアンカ嬢」
「なーにいってるのよったら」

 フローラちゃんはどうでるのだろうか。なんて頭の隅で考えつつ、さりげなくビアンカの腰に手を回したのだが、その手はすぐにビアンカに叩かれた。