が時々ぶつくさ、本当にあるのかよー、と文句を言いながらも、洞窟の奥にたどりつくと、祭壇に青く美しい指輪が安置してあった。はそれを取り、愛おしげに見つめる。それを切なそうに見つめるビアンカ。そしてその二人をじっくりと見比べる

(……なんてこった)

 本当に知らないぜ? なんて心中で毒づく。そもそも、なぜついてこようとしたのだ、ビアンカは。こうなることは予想できただろう。ならば、突然の再会に運命めいたものを感じたとしても、淡い恋心はそっと閉まっておき、美しくとっておく方が傷つかないで済むだろう。それとも、せめて一緒にいられるだけ一緒にいて、終わりにしようというのだろうか。あるいは、一縷の望みをもって旅路をともにしたのだろうか。

「これで揃ったな。おめでとう、

 ビアンカの反応が見たくてに、にっと微笑みかけると、は穏やかに微笑んで、ゆっくりうなづいた。我ながら性格が悪いと思う。ちらっとビアンカの様子を伺うと、寂しそうで、なんだか罪悪感すら感じた。

「おめでとう、
「ありがとうビアンカ。本当に」

 彼女はどんな気持ちでその言葉を口にしたんだろう。そして、も。




薔薇の髪飾りを



 がリレミトを唱えて洞窟を出ると、さて、と口火を切り、立ち止まる。それに合わせて二人も止まる。

「水門を開けてくれてありがとう、ビアンカ姉さん」
「んーん、役に立ててうれしいわ」
「姉さんがいなかったら水の指輪は手に入らなかったよ。それで、これからどうする?」

 これからどうする――この言葉を自身から言うのはいささか荷が重いだろう。ならば、自分が尋ねよう。なんて兄思いなんだ、と自分で自分をほめつつ、ビアンカに問う。彼女はもとはと言えば、水門を開けるために必要なだけであり、水門を開けてもらい、水の指輪を手に入れた今、彼女はもう山奥の村に帰るのが通常の流れだ。さてどう出る? 自分の中の冷淡な自分が、ビアンカの反応をじっと待つ。

「……あのね、私、結婚のお手伝い、したいの」

 まさかそうくるとは思わず、は目を見開く。

の晴れ姿、どうせなら見たいし」

 もっともらしい言い分ではある。彼女の中に、愛だとか恋だとかの感情がないのならば、二つ返事で答えただろう。しかし彼女はいずれかを心に隠し持っている。この言葉は、は返事をできない。が答えねばならない。を見れば、彼も驚いているようだった。

「だけど―――」
「お願い。どうせなら、見届けさせて……?」

 の言葉を遮り、ビアンカはすがるように言った。は暫く黙り込み、痛いくらいの沈黙がこの場を支配した。の顔を見れば、困った顔をしたと目線がかち合う。はその視線から逃げるように視線を斜め上を見上げた。おれしーらね。と、心の中でつぶやく。

「……わかった」
「ありがとう! 私、なんでも手伝いするからね!」

 本当にうれしそうにビアンカは顔を綻ばせた。あーあー、本当に知らないからな。フローラちゃんが泣くぜ。はふう、と息をつく。

「もう暗くなってきたから今日はここで船舶しようぜ。出発は明日! ビアンカ姉さん、なんか作ってよ」
「そうね、船に戻りましょうか」
「ビアンカ姉さん、まさかそんなに俺と一緒にいたいなんて……」
「そんなこといってないわよね、。あんたはもう」

 先ほどの何とも言えない空気はその時だけで、それからは和やかなムードが戻ってきた。ビアンカの作った夕食を食べている間も談笑するが、暗黙の了解のように誰も指輪のこと、の結婚のことは触れなかった。夕食を食べたのち、船に備え付けてある簡易的な詩シャワーを浴びる。濡れた髪をタオルでガシガシ乾かしながら歩いていると、ふと美しい月が見えた。誘われるようにふらっと甲板に出て、タオルを首にかけた後船べりに両腕をついて大海原を眺める。
 海の上に浮かぶ少し欠けた月と、水面に映るその月が、波に揺られてゆらゆら揺れる。綺麗だなあ。と、感じる。奴隷時代、見える景色といえば石で積み上げられた建設途中の建造物か岩肌。そして監視に虐げられる人。こんな美しい景色は決して見れなかった。すぐ隣では少し眠たそうなスラリン。思わず笑みがこぼれる。ツン、とつつけば、はっとしたように目を見開いた。

「そんなとこで寝てると、海に落とすからな」
、ひどい、オニ!」

 スラリンが非難がましい目でを見た。

「あら、

 背後から声がかかる。振り返る前からわかる。ビアンカだ。はゆっくりと振り返ると、「あら、」といたずらっぽく笑む。

「ビアンカ姉さんじゃないですか」
「風邪ひくわよ」
「姉さんこそ」

 自然の流れでの横にやってきて、ビアンカは船べりに背中を預けた。

「寝ないの?」
「もう寝るわよ。は寝ないの?」
「寝ますよ。でもビアンカ姉さん、たまには二人で語り合うってのもいいんじゃない?」
「そうね」
「見て、ビアンカ姉さん。静かなる大海原に、水面に浮かぶ月。隣には数年ぶりに会ってすっかりイケメンに成長したくん。惚れちゃうんじゃない? 今夜一緒にどうですか?」

 ニヤリと自分の中での最高のイケメン笑顔を披露すると、ビアンカは途端に噴き出した。

「何言ってるの。笑わせないでよ」
「笑わせるつもりはなかったんだけどなー。こんなイケメンが口説いてるっていうのに」
「うん……確かにイケメンに成長したわね」
「だろう。なのになんでなんだ」

 、という言葉にビアンカの目が見開かれた。

「単刀直入に聞くけどさ、ビアンカ姉さんは兄貴のことが好きなんだろ?」
「そんなことないわ」
「いいよ誤魔化さないで。ここにはいない」

 ビアンカは困惑した面持ちで沈黙していたが、やがて観念したように小さく微笑んだ。

「……そうね。隠せないわね。そう、のことが好きよ」
「どうするつもりなの? このままでははフローラと結婚するぜ。それを見届けるつもり?」
「そうよ。すべてを見届ければ、納得ができると思うの」
「納得って? どういうこと」
「ああ、仕方ないんだ、って。だっては結婚したんだから、って」
「気持ちを伝えないでってこと?」
「そう」
「それ本気で言ってるの? 後悔が胸の中で燻りそうだけど。あの時、気持ちを伝えておけば何か変わったかもしれない。ってさ」
「それは……」
「伝える、伝えないは自由だけどさ、言わない後悔っていうのは、言った後悔よりも強いんじゃないのかな」

 正直にとって、がフローラと結婚しようがビアンカと結婚しようが関係ない。どちらでもいいのだ。が幸せならばそれで。“好き”なんていう気持ちはにはよくわからないし、ビアンカの応援をしようなんて思っていないし、フローラの応援をしようとも思っていない。ただ思っただけだ。

「でもね、見ててわかるの。は、フローラさんのことが好きなんだって。だから邪魔はしたくないの」

 ビアンカの言う通りの気持ちはフローラにあることはほぼ間違いないだろう。しかし、ビアンカに心揺らされているのも事実であるとは思っている。ビアンカの気持ちが実る可能性は十分ある。けれどビアンカは、仮にビアンカと結ばれたとして、ルドマンが怒り、結局天空の盾が手に入らないという可能性も危惧しているのかもしれない。そもそも天空の盾は、フローラとの結婚が条件だからだ。しかし本気で邪魔をする気がないのなら、結婚の準備まで手伝ったりもしないだろう。恋とは時に身勝手なものなのだろうと勝手に解釈した。

「まあ、後悔しないようにね。俺、寝るよ、おやすみビアンカ」

 ひらひらと手を振っては甲板から立ち去った。