「おっはよー兄貴!」 「ん、おはよ。悪い、待ってようと思ってたんだけどすぐ寝ちゃったみたいだ」 「いや、俺も帰ったの遅かったし! ありがとうな兄貴!」 キラキラとなんだかすっきりしたような顔の 。寝たらどうでもよくなったのだろう。いつものパターンだ。本当に単純なんだか複雑なんだかよくわからない人間である。 「飯食ったらさっそく水のリングを探しに行くだろ?」 「うん」 「じゃあ食料も持って船に詰め込んで船籠りだな」 「船籠りってなんだよ。ああ、船酔いしそうで怖いなあ……」 「なんとかなるって。人間には慣れるという機能がついてるんだぜ」 朝ご飯を食べて、食料を買い込んで与えられた船に詰め込むと、早速出港した。もちろん当てなどない。もっと言えば航海術も持ち合わせていない。とピエールが試行錯誤しながらなんとか海を行く。にとってそんなことはどこ吹く風。の頑張りなんて目もくれず、スラリンと一緒に警備隊と称して船内を探検している。 「船旅なんて初めてだからなんか楽しいな」 「なんか怖いヨー」 「なっさけねえなあ」 「ー! 魔物だ! 倒してくれー!」 「ん? おお、任せろ兄貴! 警備隊出動だぜ!」 急いで甲板に向かうと、が必死に船を操作しつつ、魔法を唱えて応戦している。 は剣を構えて現れた海の魔物に斬りかかる。スラリンも自慢の牙をお見舞いし、撃破した。船旅も油断はできなそうだ。暫く行くと、水門が立ちはだかった。これをなんとかせねばこの先には行けない。 「兄貴、なんか看板があるぜ。えーと……どうやら山奥の村の人が水門を開けられるみたいだ」 「へえ……じゃあその村に向かおう」 船は引き返し、丁度良い浜辺を見つけると早速上陸した。この水門の先に水のリングがあるかどうかはわからないが、行ってみる価値はあると思う。炎のリングと違い、ライバルのいない旅ではあるので多少気は楽である。 「だからといって、急がないというわけじゃあないんだからな」 そんなに釘をさすように言った。水門の先に何もなくても、この先には何もなかった。ということを確認できるのだからいいだろう。時間をかけてでも、しらみつぶしにいかなくては。しかし水門があるくらいなのだから、何かしらはあるだろうと踏んでいる。 歩き続けると小さな村、というよりかは集落のようなところに出た。湯気が出ているあたり、もしかしたら温泉があるかもしれない。それに温泉独特のにおいもある。 「情報を集めるなら酒場か温泉っていうもんな! 今日はここに泊まろうぜ!」 「そんな言葉聞いたことないけど……まあ、確かに温泉いいな。日も暮れ始めてきているし、今日はここに泊まろう」 時の流れがゆったりとしたところだった。夕闇の迫るこの村は、どこか懐かしさを感じるところであった。昔、すこしだけ身を寄せていたサンタローズの村と少しだけ似ていた。 宿屋へ向かう途中、お墓に向かってじっと目をつぶって祈っている女性が目に入った。彼女の長い髪は三つ編みされていて、その美しい髪は夕焼けに染まってオレンジ色に見える。 「兄貴、若い女もいるんだなあ」 つんつん、とをつつき、ちらりとその女性を一瞥していった。 「偏見だぞ」 黒薔薇に銀の髪飾りを 「すみません、水門のカギを開けてほしいのですが、誰が担当していますか」 宿屋にチェックインする際に、宿屋の主人に尋ねる。 「それはダンカンさんだなあ。この村の奥に娘と二人で住んでるんだ」 「なるほど……。ようし兄貴、温泉入ったら行こうぜ」 「何言ってんだよ。温泉入る前に行くぞ」 割り当てられた部屋に荷物を置いて、早速ダンカンの家まで出発した。ダンカン、といえば小さいころともに旅をした少女の父親の名前も同じくダンカンという名だった気がする。山の中にある村なだけあって、地面は基本的になだらかではない。ダンカンの家は坂の上に位置していた。ノックをしても返事がない。ノブをまわしても開かない。つまりダンカンは留守なのだろう。二人は目を合わせて無言で頷きあうと、引き返し始めた。すると――― 「あ! さっきの若い女!」 まさか振り返ったときに、先ほど見た女性がいると思わず、が不躾に叫ぶ。しかしまじまじと正面から見ると、どこかで見たことあるような顔である。 「……もしかして、? それに?」 「もしや、ビアンカ?」 が唖然としながらぽつりと言った。言われてみれば、あのビアンカに似ている。年上ということをやたら強調してきた、男勝りな冒険好きな女の子。 「そうよ! わあ、吃驚した! まさか、とがいるなんて……!」 嬉しそうな笑顔がみるみるうちに広がっていくビアンカ。 「すごいわ! 上がってよ! うちに用があるんでしょう??」 小走りに寄ってきて、二人の肩をぽんぽんと叩くと、間をすり抜けて鍵を開け、扉を開けると、どうぞ。と 家へ招いた。二人は再び目を合わせると、無言で頷きあった。リビングのテーブルに座らされ、キッチンに行ったビアンカ。いまだには、あのビアンカと再会したのに驚いたままであった。 「兄貴、ちょっと現実味がない」 身を寄せて、こそっという。 「俺もだよ。こんなことってあるんだな……」 しばらくするとビアンカはお茶を持って戻ってきた。 「もう本当に信じられないわ! 興奮が冷めないもの」 「俺もだよビアンカ、まさか君が、こんなところにいるなんて」 「ビアンカ美人になったな。まあ昔っから可愛かったけど、驚いたぜ」 「、昔はの後ろに隠れてビービー泣いてたのに、随分男前になったじゃない」 「――なんだか変な感じだな、相変わらずビアンカには適わないというか、なんつーか……」 ばつが悪そうに頭をかいた。あのがやりくるめられていて、は思わず笑みがふっと零れた。 「は全然変わらないわね。を見守るその優しい目、変わらない」 「ビアンカも、相変わらずだ」 どこかに導いてくれそうな、そんな年上のお転婆な女の子。彼女と最後に「また冒険しよう。」と約束を交わしてからもう十年が経った。月日の流れとともに三人の取り巻く環境は大きく変わった。三人はそれからのことを話した。 数年前、ビアンカの母が死んでしまったこと。それきり、ダンカンも気落ちしてしまい病気がちだということ。その療養もかねてこの温泉の村に越してきたとのこと。 パパスが魔物に殺されてしまったこと。母、マーサが実は生きていること。それから奴隷として何年も過ごして脱出したこと。父の探していた伝説の勇者を探し、と同時にそのときのために天空の武器を探していること。そして今、結婚のために指輪を探していること。結婚する、という言葉にビアンカの表情に影が差したのをは見逃さなかった。 「驚くことが多すぎて何からいえばいいのかな……」 「それは俺も同じさ。十年か、いろいろあったね、お互い」 生まれる沈黙。 「そうだ、お父さんに会ってあげてよ、きっと喜ぶわ」 ビアンカの言葉に、二人はダンカンの居る寝室へと行く。 の記憶の中の、まんまるとしていたダンカンは見る影もなく、ひどく痩せこけていた。心が、少し痛んだ。ダンカンにビアンカは二人のことを説明すると、ダンカンは力は感じられないが笑顔を浮かべて、再会を喜んだ。 「パパスさんの後ろを引っ付きまわってたあのに、そのの後ろを引っ付きまわってたがなあ。大きくなったなあ。」 パパスさんは? と尋ねたダンカンに、亡くなりましたと伝えると、申し訳なさそうな顔をして、 「聞いてしまってすまなかったね。実はうちも母さんをなくしてね、お互い大変だったね」 といった。 たちとしても身体に障ってはいけないと考えていたので、ダンカンとの会話もそこそこにリビングに戻った。 「すっかり元気がなくなってしまったんだね」 「うん……。病は気からっていうけど、父さんの場合はほとんどそれよ」 連れ添ってきた女房に先を越されたのだから、ショックは相当だっただろう。死ぬにはまだ早すぎる年だ。 「それより、も結婚かあ」 「ビアンカ姉さんはいい人いないのか?」 の結婚に関して話を掘り下げると、いろいろと厄介な気がしては話題をビアンカにもっていく。再会したかつての幼馴染に運命を感じているのかもしれない。けれどは、フローラに心を奪われている。ここでもつれたら厄介である。 「いないわよ、そんな人」 さびしそうに笑ったビアンカ。 「いつか、どこかで出会うさ」 「そう……ね」 「ああそれで、ビアンカに水門を開けてほしいんだ。お願いできるかな?」 「もちろんいいわよ! でも、一つ条件があるわ」 「条件?」 ビアンカがいたずらっぽく笑んだ。 「うん、それは、私も一緒に連れて行くこと!」 「えっ?」 「昔約束したでしょ、また冒険しようね、って。が結婚したら、もう一緒に冒険なんてできないでしょ?」 結婚の条件である指輪探しを、他の女性と探したと、フローラが、ルドマンが知ったらどう思うのだろう。けれどきっぱり断れないのは、先ほどのビアンカのさびしそうな笑顔の残像が脳にまだ残っているからだろうか。ちらっとの表情をうかがえば、困惑した様子であった。ビアンカもまたほほ笑みの裏にある真摯を隠しきれていない。 「お願い、、。」 「でも、ダンカンさんはどうするんだい?」 「父さんもいいっていってくれるわ」 「うーん」 は了承しかねる様子であった。迷うように唸っていると、「ね、お願い」と追い打ちをかける。 「……わかったよ。ただし、無茶はしないで」 結局は断ることができず、ビアンカとともに旅路を行くことを了承した。 (―――まあ、知らぬが仏って言葉もあるしな。誰も何も言わなければ、皆が幸せだ) はひとり納得した。 |