『だって、あたしいなくても平気でしょ?』

――は?
なんでそんな風に思うんだよ。

君、特別に扱ってくれないんだもん……』

――特別って、かわいこちゃんはみんな好きなんだから、みんな特別扱いするぜ。

『ばいばい、。あんたは一生、誰かを好きになれないよ。不幸だね』

――意味わかんねえ。なんで不幸なんだよ?
 俺の幸せは、俺が決める。別に誰かひとりを好きにならなくたって幸せなんだっつの。みんな一緒にいれればいいんじゃねえの?どうして誰か一人のものにならなくちゃいけねえんだよ。勝手によってきて、勝手に離れてって、あいつらみんな勝手だ。そうやっていつかみんないなくなるんだろ。なら最初から一人でいたほうがましだ。女なんていらない。その場限りの薄っぺらい関係で十分だ。




?」

 すっと意識が元に戻る。どうやら夢を見ていたようだ。それにしても目覚めの悪い夢だ。声をかけたのはで、もう夕暮れだった。 はルドマン邸のリリアンの犬小屋のすぐ隣で座って待ってたのだが、いつのまにか寝ていたようだ。

、ただいま」
「兄貴、生きてたんだな」
「死んだと思った?」
「いんや? さすが俺の兄貴だぜ。炎のリングは?」
「じゃーん」

 が指輪を見せてくれた。は無事にミッションをクリアできたらしい。は感極まって立ち上がり、抱き着いた。

「うお、なんだよ!」
「やったじゃん兄貴!! 嬉しいよ!! さっそくルドマンに会いに行こうぜ!」
「ルドマンさん、な……」




薔薇 の髪飾りを




「おお! よくやった!! ―――ところでそのものは?」

 大広間に案内されて、ルドマンとその妻が座っているテーブルの目の前に座った。 はルドマンと会うのは初めてなため、ルドマンがを見て首をかしげた。

「こちらは―――」
「ルドマン公。遅れましたが、僕はです。このの弟で、リング探しの手伝いをしています」

 が紹介しようとして、が自ら喋る。こう見えてメリハリがあるので、先ほどまでなれなれしくルドマンと呼び捨てにしていたとは思えないほどしっかりとした喋りを見せる。

といったか。は婿になる気はないのかな?」
「そうですね、兄弟そろって争うのもありですよね。これで僕が水のリングを手に入れたらイーブンです」
「はっはっは! 面白い兄弟を持っているのだな、は!」

 は人当たりがいい。老若男女問わず好かれる才能がある。相手に合った対応を逐一考えて行動しているからだろう。そしてそれはが身に着けている鎧の一つでもあるわけだが。 にはない、柔軟性だ。

「それでルドマンさん、水のリングはどこにあるのでしょうか?」
「それなのだが、私も場所を知らないのだ。しかし水のリングというからには、水に囲まれた場所にあるのではないかと思う。そこでだ!町の外に私の船があるからあれを今後自由に使うといい」
「よいのですか? ありがとうございます!」

 当てのない、行き当たりばったりの旅の幕開けではあるが、自分たちが自由に操縦できる船が出来て正直嬉しい。二人は顔を見合わせて喜んだ。と、そこでふとの頭に黒薔薇が浮かんだ。この建物に黒薔薇はいる。ちくっと胸に何か針のようなものが刺さったように痛んだ。

(―――ま、別にどうでもいいけど)

 無理やり意識から黒薔薇を追い払う。そして心の扉を閉めてしまおうとしたのだが、どうにもうまくいかない。寧ろ閉じようとすればするほどに黒薔薇はどんどんとの意識を侵食していった。

(くそ、出てけよ)

「じゃあ失礼します」

 は立ち上がり、すっと立ち去った。 は一瞬何が起こったかよくわからなかったが、「失礼します。」といい、に続いた。


、どうしたんだ?」
「別に」

 ルドマン邸を出てすぐのところで、は立ち止まって街を眺めていた。何もなかったら、のほうを向かないままでこんな素っ気なく言わないだろう。兄弟であるにだけはこうやって、たまに感情がそのまま態度に出ているときがある。

「そうか。今日はもう宿屋で休もうか、明日出発しよう。俺は宿屋に行くけどどうする?」

 そんなとき、は何も対応を変えない。いつも通りに対応して、あまり干渉しないようにする。

「俺ちょっと散歩してる」
「夕飯までには戻れよ」
「ん……」

 ポケットに手を突っ込んでは夕焼けを背に街中へ消えていった。彼の銀髪が綺麗に橙に染まっていた。その後姿を見守って、も宿屋へ戻ろうと思ったその時、背後からどしどしとした足音が物凄い勢いで近づいてきていると思ったら、ぐっと肩をつかまれてそのまま持ってかれる。肩をつかんだ犯人は、綺麗な長い黒髪を結っていて、黙っていれば女神と間違われるほど美人な顔。これはフローラの姉。名前はまだ知らない。

「ちょっと、あんた、の兄よね!?」
「え、あ、まあ」
「どういうこと! なんで待ち合わせに来なかったのよ!」
「はぁ? いったい何のこと―――」
はどこなの!?」
「ちょっと落ち着いてください、全然状況を把握できてないのですが、弟が何かしたんですか?」

 フローラの姉はの言葉に冷静になり、肩に置いた手をどけて、気まずそうにひとつ咳払いをした。

「あんたに教える義理なんて、ないわ」
「……はぁ。」

あんなにも必死になっていたくせに、急にそんなことをいうものだから、は拍子抜けした。
なんというか、気難しい性格だ。フローラとはえらい違いだ。ルドマンも姉には手を焼いている様子だった。

「……はどこにいるの?」
なら散歩に行きましたけど……。」
「―――って、どんなやつ?早く言いなさい、これは命令よ。」

 先ほどから と、どうやらフローラの姉は、我が弟のことが気になっているご様子。しかしこんなことを口にしては、フローラとの話がうまくいなくなるようにされてしまうかもしれない。なんて考えている自分は相当フローラのことが好きなのだろうな。と、こんなところで改めて自覚する。
結論、そんなことは口にはしないことにして、質問に答えることにした。

は――そうですね。女性が好きで、人当たりが良くて、単純そうで誰よりも複雑です」
「ふうん……あっそ。別に、あんな男、キョーミないけど」

 どうして好きなのにこんなにつんけんした態度をとるのだろう。 は不思議で仕方なかった。好きかどうか決まったわけではないが。というかはどこで姉と知り合ったのだろう。初めて会った時もとのデート後であった。どこまでも抜かりのないやつだ。奴隷時代もそうだった。いつの間にやら違う宿舎(宿舎と呼ぶのは気が引けるほど簡易ではある。寧ろ洞窟といった方が正しいかもしれない。)の女の子と知り合っていたり、休憩のたびにたくさんの女の子がの周りに寄ってきていたりした。夜這いまがいのこともあったのも知っている。その女の子も来ては離れていって、はひそかに一期生、二期生、三期生と括っていた。

「会ったらこう言ってちょうだい、罪は大きいわ、と」
「はい」

 くるっと踵を返してすたすたと屋敷に戻っていったのだが、すぐにまたこちらに戻ってきた。

「ねえ……はなんか言ってた?」
「え? あ、お姉さんについてですか?」
「当たり前じゃない」
「―――あー、んー」

 なんか言っていたかな、と記憶を巡らせるが、一つも思い出せない。というかたぶん何も言っていない。しかしそんなこと言ったら何をされるかわからない。ここは言葉を濁すことにした。

「言ってたような、でも思い出せません」
「あっそ、使えないわねアンタ。まあ指輪探し、精々探しなさいよ」

 今度こそ姉は屋敷へ引き返していった。はあ、と彼女の性格をそのまま表したように、威勢よく揺れる長い黒髪を見ながら、はため息をついた。

(二七期生はなかなか曲者だな)