夜が更けてからはふらっと宿から外へ出た。さて、黒薔薇はやってくるのだろうか。ひんやりとした夜の空気が好きだ。頬を撫でる少し冷たい風は、昼間に考えた色々なことをすべて、いい意味でどうでもよくしてくれる。
はすでに寝ていて、あとは黒薔薇がやってきたら完璧だった。 「おっせ」 しかし待てども待てども黒薔薇はやってこなかった。気は長いほうでないは、そこまで遠くないルドマン邸に足を運ぶ。しかし黒薔薇の部屋は灯りがともっていなかった。それどころかどの部屋も灯りがともっていなくて、はんーと頭をかいた。リリアンが気配を察して出てきて、に頭をこすりつけてきた。そんなリリアンの頭を撫でる。 「可愛いやつだな」 自分から可愛がられにくるものは好きだ。可愛がってやろう、となる。まるで黒薔薇と真逆。まったく可愛げがない。と、別に今日の夜絶対に会うと約束を取り付けたわけではないのだが無性に腹が立つ。けれどもそこがまた黒薔薇らしくていいのかもしれない、とも思った。しかし、明日の朝一に宿屋を出て指輪探しの旅に出るので、今日来てくれなかったら明日のデートのキャンセルを伝えられない。 「まあ、いっか」 明日もどうせ、こないだろうし。との楽観的な脳はすぐにいいようにシフトチェンジした。そうとなったら明日の備えて寝よう、と思いはリリアンと別れて、宿屋に戻った。相変わらずは寝ていて、少し口角が上がる。 「兄貴も好きな子とかできるんだなあ」 ビアンカというやたらと年上を強調してきた女の子がいたけれど、の女の子の友達はその子くらい。 町の女の子と会話を交わす姿なんて見たことがない。そんなを見て、はいつも堅物だなあと思っていた わけだが(が軟派者だという考えには至らない)、そのに好きな子ができるとは。そうとなると三人旅になるのか。(兄貴はやきもちとかやくのか。)それともフローラさんはここに残り、恭しくも を待ち続けるのか。とにかく面白くなりそうだ。 「おやすみ。」 も布団に入り、目をつぶった。 黒薔薇に銀 の髪飾りを 「ほら、起きろ」 「……うーい」 のそりと起き上がり、ルーチン作業と化した朝の準備をこなす。一、顔を洗う。二、歯を磨く。三、着替える。五、装備を始める。一連の作業を終えて、二人は朝早くサラボナを旅立った。まずはじめに炎のリング。炎のリングはサラボナを南東に行ったところにある、死の火山と呼ばれたところの最深部にあるらしい。 「ヘンリーも結婚したんだもんなー。兄貴もそろそろってことだよなあ」 「なんだよ。まだ結婚するって決まったわけじゃ……」 「でもあの子ならいいんだろ?」 「う……、お前はどうなんだよ。結婚とか、そういうの考えてないのか?」 「考えてないよ。俺は、最後ひとりでも構わない覚悟はあるぜ」 が黙る。 は、一見人当たりのいい明るい男だが、その実、彼の中には孤独が潜んでいる。何者も寄せ付けぬ深い底に、誰も触れられぬ孤独が。 「マリアもフローラちゃんも、美人だよなあ。いいなあ。子供が楽しみだぜ」 楽しそうに笑ったに、の胸が少し痛んだ。 「結婚するの?」 「しねーよ。するのは」 「、結婚! すごいネ!」 スライムのスラリンが嬉しそうにはしゃぐ。 「お前、結婚ってなんだかわかってんの?」 「知ってるヨー! 、バカにした!」 「バカにしてねーよ、ったく、いてーな。」 スラリンがぴょんぴょんとに突っかかる。それに対して、可愛いやつだな。と言わんばかりの顔で相手をする。仲間たち(仲間になったモンスターたちをこう呼ぶ)に開いているくらい、他人にも心を開ければいいのに。と思った。 フローラと結婚したいものはだけでなく、ほかにも何人もいた。その中でも、この試練を受けようとする ものはほんの数人だった。その中の一人、アンディという青年は明らかにフローラのことを慕っていて、 は勝手に一番のライバルとしていた。 「どう? クックル、あとどれくらい?」 「まだ少しかかるピー」 「ようし、じゃあそろそろ休憩だ」 の一声で、休憩をはさむことになった。この調子なら日の暮れる前に死の火山にたどり着けそうだ。 (黒薔薇……今頃怒ってんのかな。ていうか、寧ろ待ち合わせ場所いってない、か?) 思いのほか黒薔薇のことを考えている自分に気づき、ん? と違和感を抱く。女性と別れた後にこんな真剣に考えること、今までなかった。なぜだろう。どうでもいいじゃないか、そんなこと。そう思えば思うほど、黒薔薇は頭から離れなくなった。 やがて死の火山にたどり着いた。 |