リリアンをなでながら、暫く待ってみる。時計がないからわからないが、少なくとも先ほど降りてこいと言ってからすぐに黒薔薇が階段を下りてきてここにたどり着く時間はとうに過ぎているのは確かだった。
確かに彼女は行かない、と言っていたが、本当にこないと勝手ながら少し腹が立った。
 今頃兄貴はどうしてるだろう。うまいことできてるだろうか。、は昔から要領があまりよくなかった。不器用というか、なんというか。弟であるはうまい具合に他人との協和を保ちながら事態を切り抜いていくのだが、はあまりそこらへんがうまくできないのであった。だから周りの大人たちは「バランスが取れている」とよく言っていた。昔からまるで似ていない兄弟であった。
 ガチャ、と扉が開く音がして、そちらを見ると黒薔薇が扉から半身をのぞかせていた。

「……別に、あんたの言ったとおりにしたとかそういうのじゃなくて、リリアンの様子が気になったの」

 決して目をあせようとせずぽつりぽつりと言い訳のようにこぼす。はふっ、と小さく笑い、立ち上がった。

「なるほどね。リリアンの様子ねぇ」
「そ、そうよ! 何か問題あるかしら?!」
「ないぜ」

 面白い女だ。黒薔薇はリリアンの前にやってくると、無言で頭をなで付けた。リリアンが尻尾を振って
喜びを表している。随分とほほえましい光景だった。

「なあ、リリアンの様子を見終わったら、俺と一緒にどう?」



薔薇の髪飾りを



「……どう、って何よ」
「勿論、デートへね。俺はここらへん不案内だからさ、いろいろ教えてくれよ」
「い、や、よ。なんであんたなんかに……」
「じゃあいいよ。違う子誘うから。ねえ君ー!!」
「わかったわよ!! 案内する! きなさいよ!!!」

 黒薔薇はずんずんと勝手に進んでいく。は後ろで作戦成功、とひそかに嬉しがりつつ黒薔薇についていった。歩くたびに揺れる黒薔薇の長い髪がなんだか面白い。

「まずここが、噴水」
「デートの待ち合わせでよく使われるんだろう?」
「……そうよ」

 噴水の前というのは大抵デートの待ち合わせで使われる。黒薔薇も使うのだろうか、と考えてそんなわけがないか、と自分の中で納得してしまった。家まで呼びつけるに決まっている。

「あんたは?」
「え?」
「お姉さんもここを使っているのか」
「……あんたに教える筋合いはないわ」

 予想した通り、黒薔薇は自分の家まで男を呼びつけるのだろう。

「じゃああした、噴水の前で待ち合わせ。いいかい?」
「っはあ!?」
「明日も俺とデート。いいね」
「勝手に決めないでちょうだい! 私だって予定が……」
「なかったらでいい。明日の10時に何の予定もなかったらここで待ち合わせだ」
「……勝手にしなさいよ」

 それからサラボナの案内が続いた。宿屋の上には酒場があって、心躍る。

「いいねえ、なあ、あんた今日の夜、暇?」
「……まあ、暇っちゃ暇よ」
「おっ! じゃあ、今日はここで呑もう。」
「ちょ! 待ちなさいよ勝手に決めないで頂戴」
「いやか?」
「いっ、いやじゃ……ないけどさ……」
「じゃあ決まりだ」

 黒薔薇はある意味素直で、なんだか可愛いなあ、とは思った。しかし別に黒薔薇を好きになったわけでない、はやはり一人にとどまることはできない人間だ。この町で出会った綺麗な女性との思い出づくりの一環としか思っていなかった。

「そろそろ帰ろう。送るよ」
「送るよって、あんたのお兄さんがうちにいるからでしょ」
「ははっ、まあな」

 あたりは夕焼けに染まっていて、の綺麗な銀の髪はいともたやすく染まった。デボラの目にはそれがまるで彼自身を表しているように見えた。

(相手の色に簡単に染まったと思いきや、相手がいなくなれば元の銀に戻る。染まったように見えるだけで、結局本質は、何一つ変わらない。)

 完全なるデボラの主観的な意見だが、あながち間違っていないと思っている。

「なあに見とれてんの? 俺に惚れた?」
「なっばかじゃないの!! そんなわけないじゃない!」
「わかってるさ。さあ、ついたぜ」

 あっという間にとデボラはルドマン邸に帰ってきた。門の前ではがすでに待ち構えていて、 を見つけるなりに「あ!」と叫び声をあげた。

「おい、探したぞ! どこいってたんだよ」
「ごめんよ兄貴、ちょっとデートに。これ、フローラさんのお姉さん」
「え!!!」
「ずいぶんと小汚い格好してるのね。あんた」
「……素直な人なんだな」
「素直? 生意気の間違いだろ、この人は俺の兄貴でだ。で、あんたの名前は」
「あんたに教える名前なんてないわ」

 その言葉に再び、びびっと脳に電流が走った。どこかで聞いたことのあるその懐かしいフレーズ。

「……じゃあね」

 黒薔薇は律義に挨拶をして屋敷へ入っていった。二人きりになったとたん、は「ちょっとこっちに!」といってすたすた歩き出す。 もついていくと、噴水前にやってきて、二人は噴水のそばのベンチに座りこんだ。あたりにはちらほらカップルがいて、は可愛い女性探しを始めようとするが、それよりさきにが話を始めた。

「聞いてくれ」
「うん?」
「あの、女の子が……フローラさんだったんだ」
「おお! あの空色少女が! やったじゃないか!!」
「うん、だけど条件を出されて……」

 条件というのは、炎のリングと水のリングをとってくるということ。そしてそのリングはそれぞれ死と背中合わせの洞窟にあるものだということ。つまり、娘はそう簡単にはやらん、といったところだ。

「それじゃあ、やるしかねえな」
「うん……。ついてきてくれるか?」
「あったりまえだろ、兄貴。一番乗りだぜ!そうときまったら明日には出発だ」
「ありがとうな。じゃあ宿屋に行こう」

 申し訳なさそうなの肩に手をまわし、元気づけるように微笑んだ。

「大丈夫さ」