天空の盾は確かにサラボナにあった。サラボナ一の大富豪、ルドマン家の家宝らしい。だが、その盾を手に入れる条件がなんと”娘の婚約者になる者にわたす。”とのこと。

「どうしようか……」

 町の中央にある噴水の近くのベンチに座り、は悩ましげに頭を抱えた。

「どうしようもなにも、選択肢は三つ。
 一、なんとかして説得し、盾だけいただく。
 二、ルドマン氏を暗殺。
 三、いっそ結婚してしまい、嫁もろともいただく。
 ちなみに俺は結婚しないからな。結婚するなら兄貴がしてくれ」

 誰か一人にしぼるなんて、には到底無理な話だった。たくさんの女の子とキャッキャするのがいいのであって、誰か一人だけに決めるなんて絶対に無理だと思っている。

「俺だってスキでもない子と結婚したくないよ」

 弟のわがままに疑問や不満すら抱かず受け入れ、頭を悩ませるこの兄のことが、弟は大好きだった。

「さっきの女の子とだったら?」
「……っ! そ、れは……」
「とりあえず、ルドマン家にいってみようぜ。娘さん見て、あの子じゃなかったらルドマン氏を死ぬ気で説得しよう。な?」
「……そうだね、とりあえず、いってみよう」

 ルドマン邸はサラボナで一番でかい建物。あたりを見渡せばルドマン邸はすぐ見つかるらしい。見渡して見れば、すぐルドマン邸は見つかった。確かにこの町で一番でかい建物だった。その隣には見張りの塔が建っているし、これを見つけられない人は相当だろう。若い人の話によれば、デートや遊びの待ち合わせは、たいていこの噴水前か、ルドマン邸の前らしい。



薔薇の髪飾りを



「あなた方もフローラ様との結婚を希望の方ですか?」

 中に入ると早々メイドの女性に尋ねられる。が「ああ、まあ、んー……」と歯切れの悪い返事をしていると「ではこちらへどうぞ」と椅子へ案内される。すでに何人かの婚約者候補の男性がいた。若い男から、おじさんまで。年齢は幅広かった。

「あーそこの可愛いメイドちゃん。俺は婚約希望じゃないんだけど、ここにいてもいいの?」
「希望でない方はここでお待ちいただくか、外で待っていただく形になりますが……」
「それじゃあ俺は外で待ってる。じゃあな。がんばれや」
「あ、おい! ! ……はぁ」

  を呼び止めようとしたときにはすでにはこの屋敷から出ていた。逃げ足だけは速いんだもんな。とうな垂れる。
 一方、ルドマン邸から出たは、何をして暇をつぶそうかと立ち止まった。まだ大好きな酒場はやっていない。兄が婚約者候補に名乗りを上げている手前、ナンパをする気分にもなれない。

「わん!」

 反射的に声のしたほうを見れば、先ほど空色少女が連れていた犬、リリアンが尻尾を振ってこちらを見ていた。まさか、とルドマン邸の扉をじっとみる。空色少女の正体はまさか……。

「だとしたら、なんて虫のいい話なんだか」

 ふっと笑って、リリアンのもとへ歩み寄る。どうやらリリアンはだけでなく、にも懐いているようで、頭をなでても嫌がる様子はなかった。

「……誰、あんた?」

 頭上から声がふってきた。顔を上げれば、黒髪に薔薇をさしたエレガントな女性がバルコニーからを見下ろしていた。とても、とても美人な女性だった。

「俺はだ。あんたは?」
「あんたに名乗る名前は持ち合わせてないわ」

 美人、だが高飛車な女性に修正。どことなく聞いたことのあるフレーズの台詞をいわれ、懐かしい気持ちになる。それはいつのことだか、もう記憶の端にも残っていない。

「あっそ」

 可愛くない女。と思い、視線をリリアンに戻して再びなではじめる。するとまた頭上から声がする。

「あんた生意気ね」
「……俺よりあんたのが生意気だと思うけどな」
「私に向かってなによ、その口の聞き方」
「あんた絶対彼氏いないだろ?」
「いらないわよ、彼氏なんて。しもべがいれば、ね」

 典型的なお嬢様タイプだ、こいつ。もし、こいつがフローラだったらになんていえばいいだろう。もらうもんもらって、さっさと旅立って、自然消滅をねらうように薦めるか。

「勿体ないと思うけどな。せっかく美人さんなんだから、性格矯正すればモテるぜ?」
「いまのままで十分モテてるわよ」
「……白」
「は?」
「パンツ、白だろ。丸見えだぜ」

 瞬間、黒薔薇(黒い髪で薔薇のように刺々しい女性と言うことで)は目をまん丸にして反射的にスカートをおさえて後ずさる。はニヤ、と笑んで追い討ちをかけるようにいった。

「赤とか、黒とか、紫とか、そういうエロティックな色の下着かと思いきや、意外と白ねぇ」
「……っ黙りなさい!!」
「なんだかんだで、白が一番エロいのかもなぁ」
「人を呼ぶわよ!」
「はいはい」

 美人だが高飛車で性格が可愛くない、典型的なお嬢様だが少し面白い。に訂正。とっつきにくい印象はあるが、仲良くなれば面白そうだと感じる。はリリアンと再びじゃれ始めた。

「……ねえ、あんた」
「はいはい」

 あくまで上を見ないようにして応える。

「あんたもフローラの婚約者になりたいの?」
「いや。てことはお姉さん、フローラさんじゃないのね?」
「違うわよ」
「もしかして空色の髪の……?」
「そうよ、ていうかフローラの婚約者候補意外がなんでこんなとこにいんのよ」
「俺の兄貴がチャレンジしてるの。俺はちっとそういうのはゴメンなんだな」
「あんたじゃフローラは相手にしないわよ」
「じゃあお姉さんは?」

 黒薔薇が黙る。はリリアンとじゃれるのをやめて地べたに座りこんだ。リリアンがの頬をべろべろと舐める。

「……知らない」

 ぼそっとかろうじで聞き取れるくらいの声でそう応えた。どうやら自分は範囲内らしい。

「なあ、もっとしゃべらないか?」
「なんでよ」
「俺たちはもっと知り合う必要があると思う」
「必要なんてないわ」
「俺があると思うの。生憎今、部外者は中に入れないからお姉さん降りてきてくれよ」
「嫌っていってるでしょ!」
「待ってるから」

 なんでこんなにこの黒薔薇に興味を持っているのか自分でもわからないが、自分でも驚くほど高飛車女に興味があるらしい。従順な女が好みなのに、変だな。と小さく笑った。