……いいんですね?」

 目の前のクリフトが緊張を滲ませた顔でわたしを見ています。彼の手が震えながらわたしの頬にあてられ、ぎこちなくも優しく撫でて、わたしはそれだけで身体の芯がじんとする感じがしました。

「嫌なら……いいんです、私はあなたに無理をしてほしくありません」
「あ……クリフト、いえ、その」
「ずっと、こうしたかった」

 どうしてそんな、男らしい顔をするんですか? 色っぽい雰囲気を出すんですか? そんな顔で見ないでください。

……」

 彼の手がわたしの肩に置かれ、そして滑るように腕を撫でて、腰におかれました。ああ、わたしたちは今日で幼馴染ではなくなるんですね。クリフトのくちびるが近づいてきて、そして触れ―――


「ゆ……め、………」

 眩しい朝日が煌々とわたしを照らし、目が覚めます。少し間があって、そこで今まで見ていたものはすべて夢だったんだと気付きます。そして気づいた瞬間、わたしはとんでもなく恥ずかしくなり、穴があったら入りたい気分になりました。だって、あのクリフトと。小さいころからずっと一緒にいたクリフトと……ですよ。ああ! もう! なかったことにしたい!! いや、寧ろ夢なので、最初から何も起きていないわけなのですが! この夢自体を忘れてしまいたい!

 なんて思いを抱きながらも、休日をどう過ごそうか思案しながらサントハイム城を練り歩きます。買い物、読書、スポーツ……うーん、どれも違うなあ、なんて思いながらも、気付けばクリフトの顔がちらつくのです。

(ああ、もう……勘弁してほしいです)

 悶々としながらも、サントハイム城内にあるお店で日用品を買い、店を出たその時でした。

?」
「え? うわああああ!!!」
「な、なんです。まるで化け物をみたかのようなその驚き方」

 フラッシュバックする今朝の夢。男らしい顔に熱のこもった視線。見たことない色っぽい表情をしたクリフト。そう、店を出た出会いがしらに今もっとも会いたくない人ナンバーワンの、クリフトと鉢合ったのでした。こちらの事情などまるっきり知らないクリフトは、わたしの反応に怪訝そうに顔をしかめるのでした。

「クリフト……あ、いや、その、突然であったのでびっくりしまして、つい」
「いやいや、それにしたって驚きすぎでしょう。……まあ、いいですけど。今日は休暇なのですか?」
「ええ、そうです。では……」
「ちょ、。どうしたのです―――」
「あ、きゃ!」

 彼の横を早足で通りすがろうとしたのですが、クリフトに腕を掴まれて止められます。クリフトに腕を掴まれた、ただそれだけなのに、わたしの心臓は飛び跳ね、早鐘を打ちます。それもこれもみんな今朝の夢のせいです。あの変な夢のせいでわたしは……クリフトのことを変に意識してしまいます。ただの幼馴染ですのに、急に一人の男性として意識してしまいます。そんなの、だれも得をしないというのに。

「本当に今日は変ですよ、どうしたんですか? 私には言えないことですか」
「あ……う……そ、うですね、まあ」

 クリフトには口が裂けても言えないです。こんなときばっかり勘のいい幼馴染を恨みます。クリフトの目が夢で見た時のように、なんだか男らしくて、不覚にもわたしは顔が熱くなるのを感じました。

「まさか、風邪ですか?」
「ちっちがいます!」
「ですが顔が赤いです」
「ももももとからですし!? は、離してください!!」

 無理やりクリフトの手を振りほどいて、逃げるように駆け出しました。背中でクリフトが呼ぶ声を受けますが、振り返らずに出来るだけ遠くに走りました。

「ここまでくれば……はあ……」

 せっかくの休日に、誰かから逃げるため猛ダッシュなんて、最悪です、あんな不都合な夢もう二度と見たくないです。だってあの夢のせいでクリフトのことを変に意識してしまっています。しゃがみ込んで、盛大にため息をつきます。

「見つけ……ました」
「げっ……」

 息を肩でしながらクリフトがわたしを見下ろします。なんですかこの人、今日に限ってしつこい。

「本当にどうしたんですか。私には言えないことなんですか?」
「………」

 何かクリフトを納得させることが出来る適当な言い訳を見繕えればいいのですが、生憎わたしはそんなに頭の回転が早くありませんし、どうやら嘘をつくととある癖がでるらしく難しいです。(ちなみにそのとある癖と言うのはクリフトから言われたのですが、何をしてるのかは教えてくれませんでした。)
 クリフトは私の隣に座り込んで、催促するようにわたしの瞳を覗き込みました。

「……笑わないと約束してください」
「約束しましょう」
「実は……」

 しかしそこから先の言葉が出てきません。

「実は?」
「実は…………」
「ええ」
「ああ……言いたくない」
「いい加減観念しなさい」
「あれ? そもそもなんでクリフトに言わないといけないんですか」
「言う義務はありませんが、あなたのことを心配しているんです」

 いつもだったらなんでもない一言なのに、わたしのことを心配してくれるその言葉に胸が縮こまります。こんなのは今日だけだ、この夢を忘れたらこんなよく分からない感情に悩ませることもないはずです。

「………です」
「え?」
「キス……する夢、みたんです」
「ほう、誰と」
「………と」
「え??」
「だから!!!」

 大きな声にクリフトが目を丸くします。

「あなたです! クリフト!! わああああ」
「は!? ちょ、!!」

 必殺! 言い逃げ!! 走って、走って、走って、城下町を見下ろせるテラスにやってきました。風に吹かれて少し冷静になろう。ああ、言ってしまった。しかも逃げてしまった。これじゃあ次顔を合わせるときにとっても気まずいです。



 全身から血の気が引きました。

「やっと見つけました」
「しつこすぎます……」
「こら、失礼なことを言わないでください」

 自然の流れでわたしの隣にやってきて、クリフトはふう、と息をつきました。もう逃げるのも疲れました、わたしは観念して、彼と同じように息をつきました。

「先ほどの話の続きをしても?」
「嫌だと言ってもするのでしょう? どうぞ」
「率直な話、嬉しかったです。が私を男として見てくれた、と言うことでしょう」
「……まあ」
「私はのことを、ひとりの女性として見ています。どうかこの機会にひとつ、私のことを男として見てくれませんか」
「……は?」

 何? え??

「だから」

 ちらりとクリフトの顔を盗み見れば、緊張がこっちにまで伝わってくるくらいの緊張の面持ちで、わたしの心臓が飛び跳ねます。

「私のことを男として見てください。あわよくば、私の恋人になってほしいって言ってるんです」
「あ、え……いやいや、え? いや、恋人になってほしいなんて今初めて言われましたけど!?」
「う、うるさいですね! ああもう、とにかくそういう訳なんで、よろしくお願いします。もう私のことを避けないでくださいね」
「……はい」

 そうして訪れた沈黙が居心地悪いような、むずむずするような、変な気持ちです。

「それでは私は失礼しますね」
「え? あ、はい……それでは」

 わたしの気持ちとか聞かないですね。恋人になってほしいなんて言っておきながら。なんて、さっきまではクリフトに近寄ってほしくなかったのに、今は彼が立ち去ってしまうことにモヤモヤしてしまいます。変なわたしです。

「へ!」
「はい?」

 去っていく彼の背中に投げかけます。へ! だけしか言えなかったのは我ながら情けないですが……。

「返事は! どうすれば……?」
「いつでも構いません」

 わたしはクリフトとどうなりたいんでしょう。今、返事を聞かせてほしいと言われたとして、口をついて出てくる言葉は果たしてわたしの本心なのでしょうか、それとも熱に浮かされて出てくるだけの言葉なのでしょうか。そして今、クリフトに返事をしたくて堪らないのはなぜでしょうか。

「……わかりました」

 この気持ちが夢のせいなのか、心の底からなのか。「お待ちしてます」とはにかむあなたの姿に胸がきゅんとするのはなぜなのか。臆病で慎重なわたしは、確かなものだという確信が欲しいのです。すごく今クリフトに気持ちを伝えたいけれど、我慢です。

「好き、かも、です」

 既に見えなくなったクリフトに向けて暫定の気持ちをお伝えして、わたしは頬を緩めました。