世界に平和を取り戻し、どれくらい経ったのだろうか。
と隠居生活を楽しんでいたところに、サントハイム城からの使者から、アリーナからの御手紙をいただいた。はすぐさまに手紙を見せ、早速中身を拝見しようと思い、手紙の封を破ろうとするのだが、アリーナからの手紙だと思うと思うように手が動かず、結局に破ってもらい、読み上げる。 「ええと……久々ね、、、元気かしら」 ―――今度、お父様があたしたちの偉業を称えるパーティ開いてくれるみたいなの。別にたたえてもらわなくても結構なんだけど、これはみんなが再び集まるチャンスだわ、と思って賛成したの。どうかしら、これる? パーティのあとはしばらく滞在してもらって、思い出話とかしましょうよ。長い間会ってないからぜひとも来てほしいわ。いい返事を待ってるわ。アリーナ。様。 「……はぁっ! 緊張しました!」 「なに、手紙読み上げるのに緊張してたの?」 「はい! なにせアリーナさまからの手紙……どうしても緊張してしまいます」 「最後の“様”は絶対手紙には書いて無かったよね?」 「だって、アリーナ様を呼び捨てなんて、たとえ手紙を読んでるだけとしても無理です!」 「ふふ、ほんっとにアリーナのことが好きなんだね。それで、どうしよう……って、行くに決まってるか」 「勿論です! 早速お返事を出しましょう」 嬉しそうに鼻歌を唄いながら、はレターセットを持ってきて、早速手紙を書きはじめた。と思いきや、いざ文を書こうとしたところでぴたりとの動きが止まった。不審に思ったが「?」と呼びかけると「……。」と実に真剣な顔で応えた。 「緊張して何を書けばいいのやら……」 「……なるほど。俺が書くよ」 「お願いします。粗相のないようにお願いしますね!」 「わかってるって。……全く、相変わらずはアリーナに首ったけだな」 やっぱりおもしろくない、と心の中では呟きつつも、さらさらと手紙を書いていく。それを見守るは「おぉ」となんだか感心したように呟いた。 「って意外と字がうまいのですね」 「意外とってなんだよ」 「失礼ながら、男の人って字がおへたなイメージがあるのです。わたしの父もおへたでした。クリフトはとてもおじょうずでしたが」 「……仮にも神官だからね」 クリフトという言葉にが一瞬、眉を寄せる。彼女の口からたまにでてくる彼の名は相変わらず の胸をじりじりと焦がす。 「―――よし、かけた。これでいいよね?」 「はい。とってもいいと思います」 そういって笑ったの顔があまりに可愛かったので、の心は再び穏やかになり、の頭を撫でた。できあがった手紙を使者に渡すと、使者は手紙を懐に大事そうにしまい、馬にのってサントハイムへ戻っていった。 数日後には返事の手紙がきた。そこには招待状が同封されていた。は導かれし者たちとの再会を想像して楽しそうにしていて、それをが優しげに見つめる。ときどき現れる“クリフト”という単語に胸を痛めながらも、当日はやってきた。二人は正装をびしっときめて、忘れ物の最終チェックをすませる。 「もう大丈夫ですよね」 「うん。オッケー」 「あ、ネクタイが曲がってます」 「おお、ありがとう」 のネクタイを整えると、ちょうどとの視線が重なった。なんだか恥ずかしくては目をそらすが、やわらかくもしっかりとに肩を掴まれ、名を呼ばれればためらいがちにを見上げる。は顔を近づけ、は目を瞑る。重なる唇。は重ねるだけでは飽きたらず、次に下唇に食らいつく。そして隙間から舌をいれ、の舌をからめて濃厚なキスを堪能する。から微かに漏れる声と、水温だけが支配する。 キスに夢中になっていただが、頭のすみでようやく今からパーティに行くのだと言う現実が現れたので、惜しいがくちびるを離した。そして現れた火照って、更に瞳がうるんでいるに再び理性がどこかへと行ってしまいそうになったがなんとか視線をそらして「そろそろいこうか」と提案する。 「そ、そうですね。とちゅーをしてからみなさんと会うと言うのも……なんだか恥ずかしいですが・・・・…。ルーラ」 ルーラ独特の奇妙な感覚に襲われつつ、気付いたときにはサントハイム城の前にやってきていた。兵士はたちに気付くと敬礼をし、「お待ちしていました!」と声を揃えた。 「こんにちは。どこへいけばいいのでしょうか」 「姫さまが自室にてお待ちしています」 「わかりました」 案内します、とがの手をとり歩き出した。門を抜け城の中にはいると、懐かしい風景には嬉しくなった。サントハイムは生まれ育った大切な“故郷”なのだ、と改めて感じた。城の衛兵たちはに気付くと「おおちゃん!」といってかつてと変わらず親しげに声をかけてくれた。 「クリフトは元気でしょうか。ずうっと見てないので楽しみです」 サントハイム城に入り、アリーナの自室への道すがら、が言う。 「どうだろうね」 なんだか少し言い方が刺々しくてはの顔を仰ぎ見るが、彼は少し怒っているようだった。 「どうかしたのですか」 「別に」 「ですが、怒っているようです……」 「ああ、怒ってる」 「わたし、何かしましたか?」 いつも穏やかなが怒っている。それがどれほど異常なことかは承知しているのであせる。自分に非があるとしか思えないのだが、何がいけなかったのかさっぱりわからない。一体何がまずかったのだろうか。 「俺の前で男の話しないでくれよ」 「……だ、だってクリフトは幼馴染です」 「たとえ幼馴染でも、男だよ。とにかく、いやだ」 「そうですか。気を付けます」 それきり黙ってしまった。王族と、許可されたもののみが立ち入ることが許される謁見の間へと続く階段をのぼる。繋がれた手がやけに気にかかっていたのだが、彼からほどいた。 謁見の間にはサントハイム王、大臣、そして幾人かの衛兵がいた。王はたちに気付くと王座から立ち上がる。 「、それに。久しいな」 「サントハイム王、お久しぶりでございます」 とはサントハイム王の前に跪くと、「そんな堅苦しくならず、顔を上げなさい」と言われたので顔を上げると少しだけしわと白髪が増えたサントハイム王が微笑んでいた。 「アリーナなら部屋にいるから、行きなさい」 「わかりました。本日はわたしどものためにありがとうございます」 「いやいや、当然じゃ。世界を救ったのじゃからな」 たちは王座を後にして、再び階段をのぼって懐かしいアリーナの部屋へと向かう。そのかんも沈黙で、実に息苦しい。階段をのぼりきると目の前に王の自室がある。そこを道なりに右へ曲がるとやがてアリーナの部屋があるのだが、アリーナの部屋の前にクリフトがいた。彼の姿はちっとも変わっていなくてなんだか嬉しい。しかし先ほどにクリフトのことを言われた手前、再会を嬉しんで声をかけるわけにもいかず、何も言わずにそのまま歩き続ける。するとむこうが気付いて、「! さん!」と声をかけてくれた。 「お久しぶりです! さん背が伸びましたね」 「やあクリフト。クリフトも伸びたね」 「ええ、少し。は相変わらずですね」 「相変わらずとは一体。わたしも変わりましたよ?」 「いいえ昔と全然変わってません。なんだか懐かしさを感じます」 「ほんと、懐かしいですね」 二人だけの会話になってしまいはっとしてを見ると、彼は曇った表情でドアを見ていた。やってしまった……と思い慌てて「入りましょうか」と、アリーナの部屋をノックする。「実は緊張してノックできなかったんですよね……」と自白するクリフトに笑顔だけ返すと、「どうぞー」と中から声が聞こえてきたので扉を開ける。 「いらっしゃい! やだひさしぶり!!」 「あ、アリーナさま!! 本当に久しぶりですね!!」 入って早々抱きついてきたアリーナにときめきにも似た感情を抱きつつ、変わらぬアリーナの香りに(ああ、アリーナさまだ)と改めて感じた。 「も久しぶり。を大事にしてる?」 「まあね」 「ならいいのよ」 の肩越しに会話をしつつ、「ライアンもトルネコと、それにトルネコの奥さんのネネさんもきてるわ」とから離れて部屋の中へ招き入れた。二人は見慣れぬ正装で丸テーブル囲ってお茶をしていた。トルネコの横には、美人な女性が佇んでいる。トルネコには失礼だが、トルネコの奥さんがまさかこんなに美人だとは意外であった。 「久しぶりですな! 私は日付を間違えてしまい昨日きてしまったよ」 と、ライアン。 「私は先ほどついたばかりでしてな。いや、サントハイムの武器はどれも手入れがされていてす素晴らしい! ああ、隣にいるのが私の妻のネネです」 と、トルネコ。 その横でネネが会釈をする。 「二人とも相変わらずで安心したよ。ネネさん、初めまして。僕はで、隣がです。ともに旅をしていました」 がネネに対して自己紹介をする。それから二人はアリーナに案内されてソファに腰掛けた。とは隣同士で、クリフトはの前に座った。 「あとはミネアとマーニャね。門で待ってようかしら」 「「それならわたしが!!」」 クリフトとが声を揃えて立候補する。二人はお前もか! といった視線を交わす。これにはアリーナもライアンもトルネコも笑った。 「相変わらず仲がいいわね。じゃあ、二人でいってきてちょうだい」 面白そうに笑いながらアリーナが言う。と、そこでのことを思いだしてを見れば、彼は「いってくればいいんじゃない」といつもの穏やかな笑顔を浮かべて言った。おかしい、絶対に不機嫌になると思ったのだが寧ろいつも通りで、拍子抜けした。 「そうですか……では」 あっさりとクリフトとともにいこうとしたに、はかっとなってしまった。 「……は自覚が足りない! いいよ、いけよ。クリフトと仲良くていいな!」 「?」 「本当は俺よりもクリフトのほうがよかったんじゃないか?」 言われてもかちんときた。 「あ………そうですか! いいですよ、なんて知りません!! 行きましょう、クリフト!!!」 「え、ですが……」 「いいんです!! 放っておけば!!!」 クリフトの腕を引っ張って無理矢理アリーナの部屋を出た。残されたものたちの間に気まずい沈黙が生まれた。皆は、これは完全に夫婦喧嘩だ。と、思いつつ、温厚なとがキレるとは、と関心を抱いた。は険しい表情に腕を組んで、誰も寄せ付けないオーラを放っている。 アリーナはオヤジ二人と美女のほうへ向かい「お茶はいかが?」とティーポットをもって笑顔を無理矢理貼り付けて尋ねると、三人も同様の笑顔で「ありがとう」と礼を述べてダージリンティをもらった。 一方とクリフトのほうは、がまだ収まらぬ怒りをクリフトにぶつけていた。 「大体心が狭すぎます! 俺の前で男の話をするなとか、クリフトぐらいいいじゃないですか!」 「はぁ……」 「挙句なんです!? クリフトのほうがよかったんじゃないかって、クリフトのほうが良かったら今頃クリフトと結婚してます!」 「ふむ……」 「がっかりです!! もう知りません!!!」 そんなこんなで階段をおりていると、マーニャとミネアと出会った。 「あらにクリフト。お久しぶり! 相変わらず仲がいいわね!」 「おおマーニャにミネアさん! ほわぁ、相変わらず美しいですね……! ドレス姿も似合います!」 美人な褐色の姉妹は、の記憶の中の姿に負けず劣らず美しく、思わず感嘆のため息をついてしまう。 「そんな、全然ですよ」 ミネアが照れ臭そうに首を横に振る。 「いえいえ! これは城中の男の方がほうっておきませんよ、ね。クリフト?」 「え、ああ、そうですね」 先ほどまでの不機嫌はどこへやら、上機嫌に話を振ってきたに女性の不思議を感じつつ、頷いた。(ころころと変わる気分にはついていけません……) 「それにしても、アリーナって本当にお姫さまだったんだねぇ」 「マーニャ疑ってたのですか。アリーナさまは正真正銘! お姫さまですよ」 自慢げにが言うと、踵を返してアリーナの部屋へと戻る。部屋に入ると、はへ視線をやろうともしない。一目散にアリーナのもとへいき、「ただいま戻りました」と報告した。とクリフトがいない間にブライも合流していて、これで導かれし者は全員揃った。 「侍女が呼びにくるまではここで待機で、呼ばれたらお庭でガーデンパーティに参加。男女一組でペアになって花道を歩いてみんなの前に行くのね、そこで一言何か言って、それから会食。オッケー? トルネコはネネさんとで決定よね。さて、誰と誰がペアになる?」 「とりあえずとは決定だろう?」 事情を知らないマーニャの言葉に、部屋の空気が凍りついた。 「いいや。決まってない」 「いつ、誰が決めました」 視線を合わせずにとがきっぱりと言った。その空気からなんとなく察したマーニャは、「オッケー」と苦笑いした。 「わたしはクリフトと行きます。かまいませんよね?」 「ええ!? 私と!?」 「クリフトに拒否権はありません」 それを見てが「マーニャ」と呼ぶ。 「俺と一緒に行こう」 「ええー……」 結局組み合わせは、とクリフト。マーニャと。アリーナとライアン。ミネアとブライ。といった具合になった。組み分けが終わった後にアリーナがこそっとマーニャとミネアに二人の状況を説明すると「そんなことだろうと思ったよ」とマーニャは苦々しい顔になった。 第一戦 一度たりとも交わらない視線 |