「ああ、でもあれは確かあれに書いてあったはず」
「いやまてよ、でもあれはああいうことなのか……?」

 ぶつぶつと独り言を言いながら、ありとあらゆる本を取り出して読んではああでもない、こうでもない。とそこにおいて、また新しい本を読んで、またぶつぶつと言いながらまたそこらへんに本をぽいっと投げる。

(アレクさん、今日もかっこいいです)

 そんな様子を、扉の影に隠れながら眺める。眉を寄せて一人で悩ましげに独り言をいう姿もなかなか素敵だ。そんな自分はアレクサンドルのことが本当に好きなのだなあ、と感じる。
 には難しくてよく分からないけれど、最近アレクサンドルは本を読み漁っている。なんでも、涙石の成分を解析して、人工で造るとかなんとか。そのために色々な書物を見ているようだ。

(アレクさんって、基本的に整理整頓ができる人だけど、集中しちゃうと散らかし倒しちゃうんだよなあ)

 そしてそんな所も好き。ああ、もうなんでも好きなんです。恋は盲目とはよく言ったものだ。けれど、もうこの人を好きになってからどれくらい経つのだろう。もはや分からないけれど、でも何年経っても思いは薄れることなく、寧ろ年々増している気がする。だってこうやって散らかしているところすらキラキラして見えるんだから。
 コーヒーでも飲みますか? そう聞こうと思ったが、暫くはそっとしておくことにする。

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 どれくらい時間が経ったのだろうか。リビングで読書をしていたらいつの間にか寝ていたようだ。読みかけの本は無残にも床に落ちていて、どこまで読んだかもいまいち思い出せないので適当な場所にしおりを挟みこむ。外を見れば、夕暮れ時だった。
 は2階のアレクサンドルの自室へ再び向かうと、アレクサンドルはソファに座って本を読んでいるようだった。が、先ほどのように独り言は聞こえてこない。

「アレクさん?」

 声をかけるが、彼は身じろぎひとつしない。おかしいな、そう思って部屋の中に入ると、漸く状況を理解した。アレクサンドルはどうやら、本を読みながら寝てしまったようだ。最近、研究に夢中で睡眠をおろそかにしていたのが、ここにきて限界が来たのだろう。

「寝るならベッドで寝ましょうね」

 はアレクサンドルの隣に座り、頭をそっと撫でて囁きかける。けれど聞こえてくるのは規則正しい寝息だけだ。このまま寝てくれるのは体のことを考えれば大歓迎だが、この状態だと起きた時間違いなく首を痛める。
 心を鬼にして、彼を揺さぶり起こす。

「!! ん……か」

 はっと弾けるように起き、こちらを見たと思ったら、の姿を認めて、表情を緩める。そしてそのままの太ももに吸い込まれるように横たわった。

「あ、あ、アレクさん?」
「ちょっと……このままで……5分だけでいい」

 それだけ言うと、再び寝息が聞こえてくる。どうやら相当眠いらしい。どうしよう、起こさないと。でもとても気持ちよさそうだ。

「アレクさーん?」

 小さな声で名前を呼ぶと、こくりと頷くような動作をする。

「5分だけですからね、そしたらベッドですからね」

 再び頷く。はアレクサンドルの髪を撫でつけた。

「大好きですよ」

 また頷いて、アレクサンドルが口元を緩めた。ああ、なんて可愛いんだろう。夢と現実の狭間でふわふわしているアレクサンドルもまたいい。
 ふと辺りを見渡せば、一段と散らかったアレクサンドルの自室。

「こんなに散らかしたら、ダメじゃないですか」

 アレクサンドルは少しだけ眉根を寄せて、今度は頷かなかった。




ああまたそんなに散らかして