囲碁部に女の子がいる。そいつの名前は。後輩で、でもそいつは俺を先輩として扱おうとはしない。生意気なやつだ。進藤のように俺のことを「加賀」と呼び、俺が理科室に遊びに行くと人懐っこく寄ってきて、「加賀いらっしゃい」なんて笑いかけてくる。囲碁の腕はそれほど強いわけじゃない。誘われたから入ったので、自分の棋力にそれほどこだわりはなく、強くなりたいと思ってはいるが、努力はしていないらしい。
 そして俺は、そのに惚れてたりするわけだ。

「うっす」
「あー加賀だ、いらっしゃい」

 理科室に顔を出すと、いつものようには俺のことを迎え入れた。日の当たる窓際でひとりで碁をしていた。進藤は筒井はのすぐそばで打っていて、他のメンバーはまだきてないようだった。

「加賀。今日もきたんだ」

 と、筒井が眼鏡をクイッと持ち上げて言う。

「よー。加賀、このあと打とうよ」

 進藤、お前は本当に後輩って自覚あんのかよ。

「ワリィ。今日は先約があるんでね」

 といいのほうを見ると、ニコニコと微笑んで頷いた。今日はに碁を指導するよう頼まれたのだった。
俺はゆっくりとの方へといくと、は俺が目の前にいくまえに、「ねえ」と声をかけた。

「こっち側にきて」

 ちょいちょいと手招きするので、俺は方向転換をし、言われたとおりの方へ向かう。

「見て見てー」

 ひらがなで盤上に黒い碁石ででかでかとかかれた「かが」と言う文字。なんだか力が抜けて、ふ、と笑ってしまった。

「……お前ね」
「すごいでしょ。意外と濁点がむずかしかったんだ」
「おーよしよし、すごいですねー」
「ちょっと、心が篭ってないよ」

 わしゃわしゃと頭をなでると、日光に当たっていたから妙にあたたかいの頭がぐらぐらと揺れる。
 お前の、ほのぼのする言動、すきだよ。

「じゃあ、ご指導おねがいします」

 「かが」の文字が惜しげもなく崩されていくのがなんとなく寂しく思ったが、俺は「おう」と頷いて手を離し、反対側に腰掛けた。理科室用の粗末な椅子は、いつ座っても座り心地が悪い。

「よろしくおねがいします、加賀せんぱい」
「やめろやめろ、気色悪いったらありゃしない」
「もお、うるさいなぁ」

 眉を寄せた。あー可愛いな。年下特有の可愛さががっつり出てる。まあ、同い年だったとしても可愛いと思うんだろうけどな。
 どうしようか、こいつを、どうにかしたい。

「わたし、白がいいな」
「おい、、お前俺の嫁さんになれ」

 我ながら唐突な言葉に、は一瞬ほうけたような顔になったのだが、次第に真っ赤になって照れたような笑顔になった。

「やだなーそれ、プロポーズ?」
「ん、まあ、そんなとこ」
「そのまえに、やっぱりコイビトからはじめたいな、なんて」

 コイビトね。

「いいぜ。じゃあ、こいよ。囲碁なんてやってねーで青春を満喫しようぜ
「あーわたしのこと名前で呼んだ」
「いけないか?」
「ううん。もっと呼んで」


 俺はの両頬に手を添えて、見据える。少し腰を浮かせてとの距離を一気につめる。これほど近くでを見たことはなかった。の瞳は期待と不安で揺れている。柄にもなくドキドキしている自分が情けない。
 そして俺たちは口づけをした。



コイビトからはじめましょう。 >