なんだ、ここ。道行く人がまるで奇妙なものを見るような目で見てくる。いやいやいや、あなた方のほうが奇妙だからね。この平成の世で着物を着るって……ここは太秦か! 日光江戸村か! とりあえず、今日のためにフル充電しておいたデジカメを起動し、一枚写真を撮った。 「わあーほんとタイムスリップしたみたい」 今日は温泉に入り旅行にきたのに。宿へ行く途中の道で気付いたら江戸時代みたいなところにやってきていた。ここに至るまでの記憶がまるでない。 ああー荷物が重い。キャリーケースががらがら引っ張っていく。デジカメをプレビュー画面にして、先ほどとった写真を見ながら歩き出す。リアルったらありゃしない。と思ったそのとき、 「きゃ!」 「おろ!」 前方不注意で人とぶつかった。 「すいません!」 すぐさま謝って相手の顔を見ると、相手は赤い髪の優男だった。わたしから見たら右側に十字の傷がある。彼もまた着物を着ていた。 「こちらこそすまんでござる。怪我はないでござるか?」 ござる……ござるって! ぷぷぷ。あーきっとスタッフさんなんだなあ。ちょうどいいや 「怪我なんてぜんぜん、あの、ここどこですか?」 「ここは東京でござるよ」 「いやいやそれはないでしょう」 ここが東京なわけがない。 「なぜそうおもうでござるか?」 「江戸じゃなくてですか?」 「江戸……昔はそう呼ばれていたでござるがな」 ???? なんだここ、こんなテーマパークあるんだ。明治的なあれかな。 「なるほど、理解しました。んーと、出口ってどこですか?」 「出口?」 「はい、そろそろ帰らないと。あっそのまえに一緒に写真撮ってもらっていいですか?」 「写真? どうやって?」 「あ、そこのお兄さん、すみませんデジカメお願いしていいですか? ここのボタン押すだけです」 道行く、やはりスタッフであろうお兄さんにデジカメを渡して、赤毛のお兄さんに寄り添ってピース。たどたどしい手つきでお兄さんが何も言わずにボタンを押した。せめて、「はい、明治!」とかなんとかいって はい、ピースの代打的な言葉をいってほしかったな。わたしはお兄さんからデジカメを受け取り、礼を言うと、お兄さんは「なんなんだあれは」とかなんとかぶつぶついいながら帰っていった。 なんなんだって、デジタルカメラですよ。役に入りきってるんだからー! もー!受け取ったデジカメをプレビュー画面にしてさっきの写真を見る。構図に若干違和感を感じるが、よし、いい感じ。 「それはなんでござるか?」 「デジカメですよ。お兄さん持ってないんですか?」 「拙者持っているどころか初めて見たでござる……」 「はっはっは! なるほど、明治ですもんね。でもここを出たら持ってるでしょ?」 このテーマパークから出たら、平成の世を生きる人間になるのだから。 「いやほんとうに!」 「ふふ、そうですか。じゃあ、すみませんが出口までいいですか?」 「すまないがお主がいっていることが全く理解できないのだが……どこへいきたいのでござるか?」 「宿に、帰りたいですね」 「なんという宿でござるか?」 「それが、覚えてないんですよね」 「うーん困ったでござるな……」 赤毛のお兄さんが困り果てたように眉を寄せた。 「とりあえず、こっちにくるでござる」 「はーい!」 しばらく歩くと繁華街を外れて住宅街にやってきた。周りの建物よりも少し大きな家の前で立ち止り、ついたでござる、とお兄さんは言った。 ”神谷活心流 剣術道場”とかかれている看板が目に入り、へえ、とわたしは呟く。門をくぐると、 「お、剣心?」 と、わたしよりも幼い、まだ中学生くらいの男の子がこちらを見て首をかしげた。 「そいつまさか剣心の……」 「ちっ、ちがうでござるよ!」 どうやらこの赤毛のお兄さんは剣心というらしい。面白い名前だ。 「わたしは迷子になってしまって、このお兄さんに案内してもらってるの」 「へえ……変なかっこだな、お前」 「弥彦! すまんでござる、お嬢さん」 この男の子は弥彦というのか。それにしても変なかっこって……普通のかっこだと思うのだけど。 「です、で、ここはどこでしょう? 迷子センターかどこかなんですか?」 「……弥彦、ちょっと」 剣心さんは弥彦くんを連れて少し離れると、こしょこしょと会話して、弥彦くんがこちらを憐れんだ目で見てきた。少しするとふたりが戻ってきた。 「ええと、殿、殿が帰る場所が見つかるまでしばしここにいるとよいでござる。……まあ、拙者はこの家のものではないので、確信的なことは言えないのだが。と思ったら家主がいらっしゃったようだ」 「どうしたの剣心? だあれこの方は」 着物姿でポニーテールのかわいらしい女の子が登場した。この女性が家主なんて、どひゃあー! 今度は弥彦くんが女性にこしょこしょ話をする。するとやはり女性はこちらを憐れんだ目で見てきた。 なんなんだ! こら!! なにしゃべってるんだ!! こら!!! 「……帰る場所が見つかるまでいつまでもいていいのよ。わたしは神谷薫、この道場の師範代です」 「わたしはです、宜しくお願いします、薫さん」 頭を下げてお願いした。 |