「十六夜……実に美しい人間のおなごだ。」
「さようですね。しかし、闘牙王さまが人間の娘に心奪われるとは、私は思ってもいませんでした。」

にこにことほほ笑みながら闘牙王のあとに続く
十六夜という貴族の娘の住まう館に闘牙王が逢瀬に向かったあとだった。
もちろんは館の外でお留守番――もとい、見張りをしていた。
十六夜は人間の姫で、闘牙王は犬一族の頭領。
そしては、猫の一族でありながら闘牙王に仕える妖怪であった。

「この私も驚いている。――ところでは、細をもうけぬのか?」
「細……いや、私には必要のないものです。私は、闘牙王さまに添い遂げる所存。」

ふと、十六夜の姿が頭をかすめる。いけない、いけない、いけない。我が主君の愛するお人。
闘牙王を愛しげに見つめる十六夜の姿が好きだ。その逆、十六夜を愛しげに見つめる闘牙王も好きだ。
二人のことが、本当に好きだった。十六夜への気持ちは、闘牙王へ抱くそれと似ていて、
純粋な憧れであることをは理解していた。

「なんだ、男色家か。」
「ちっ、違います!!」

男色家――つまり、同性を愛するもの。慌てて否定すれば、闘牙王は面白そうに笑った。
どうやらからかわれたようだ。顔を赤くしたは、恥ずかしくなって俯いた。

ほどの美形ならば、別に構わんけどな。」
「なっ!おおおお戯れを!!」
の遊女姿、私は好きだぞ。」
「と、闘牙王さまあ……。」

闘牙王は今度は声を出して笑った。いよいよの顔は真っ赤になる。
遊女姿、というのは、化け猫妖怪の持つ技の一つで、普段は人間の男性に近い姿でいるのだが、
闘牙王の言うように、遊女の姿にも化けることができる。どうしても女性の姿になる必要がある場合のみ
は使うのだが、どうしても抵抗がある。

「すまない、すまない、顔が真っ赤であるぞ、。」
「み、みないでください。」

振り返って、ほほ笑んだ闘牙王はやはり麗人だった。
彼が妖怪になった姿もなお美しい。

「ああ、しまった。」
「どうかなされましたか?」
「十六夜から借りていた読み物を返すのを忘れていた……すまないが、これを返してきてくれないか?
 このあと、少し用事があるのでな。先に館に戻っている。」
「お任せください。」

本を受け取り、にこりとほほ笑んだ。
踵を返して十六夜の住まう館に向かうと、すぐに館にたどり着いた。少し、鼓動が早くなった気がする。
初めて十六夜と二人で会うので、なんとなく緊張してしまう。
門を守る兵に用件を伝えると、すんなりと館に入れてくれた。

「十六夜さま。」

十六夜は、縁側でぼうっと外を眺めていた。が声をかけると、十六夜は慌ててこちらを振り返る。
どうやら気配すら感じなかったらしい。

「まあ、さま……何かお忘れ物でも?」

相変わらず、十六夜は美しかった。
は、ついそのまま魅入ってしまう。

「……さま?」
「あっ、すみません!ええと、闘牙王さまが借りていたものをお返しそびれてしまったので、参りました。」
「まあ、そんな、今度でよろしかったのに……律儀なひと。いいえ、律儀な妖怪ですね。」
「闘牙王さまは、素晴らしい妖怪ですからっ!」

闘牙王を褒められて、は興奮気味に語るが、すぐにはっと我に返り、顔を赤くする。
十六夜は口元を隠して上品に笑った。

さまは、ほんとうに闘牙王さまを好きなのですね。」
「ええ、胸を張って言えます。」
「素敵なことですね。」

殺生丸の御母堂とは違った女性。いたずら好きな一面もあるあの方も、実にかわいらしいが、
十六夜はそれとはちがった、いじらしいかわいらしさがある。そんなところが闘牙王もいいのだろう。
そんなところが、も好きだった。は十六夜のもとに歩み寄り、跪いてそっと本を手渡した。

「……これがその本です。」
「まあさま、顔をお上げください。」
「主君の細君とならば、主君同様。」
「そんな、お構いなく……!」

主君同様敬うこともあるが、顔を上げて十六夜を直視したら、きっと心がどうかしてしまう。
そんな気がして、は意地でも顔を上げなかった。

「まあ!!」
「どうかなされましたか!?」

思わず顔を上げる。

「ふふ……大きな声をあげれば、顔を上げてくれるかと思いまして。」

綺麗に微笑んだ十六夜。
その笑顔があまりに綺麗で、思わず顔が赤くなってしまった。

「ではさま……闘牙王さまに、わざわざありがとうございます。と伝えてくださいませ。」
「ええ。……では、失礼します。」

すぐにこの場から立ち去りたくて、来た道をたどらず、庭から飛び立って、垣根を飛び越えた。

(……んんん。やはり女性は苦手だ。ずるいな、十六夜さま。)

そんなことを思いながら、帰路についた。





忍ぶ

しかない

恋なのに。